第78章 月下の約束
「中に入ってください」
アオイの声が響いた。彼女は相変わらず厳しい表情をしていたが、微かに頬が引き攣っていた。
「胡蝶様の許可はいただいています。中でお休みになってください」
「ごめんなさい! 気を使わせてしまって」
「いえ。貴女には感謝しています」
アオイは拳を握りしめて、宇那手に頭を下げた。
「私の代わりに吉原へ行った炭治郎さん達を守ってくださいました。胡蝶様の難しい相談にも乗り、支えてくださっています。⋯⋯納得行きません! 柱の命は消耗品ですか?!」
「⋯⋯貴女にとって、しのぶさんは消耗品なのですか?」
宇那手は、アオイに歩み寄り、肩に手を置いた。
「そんな風に考えないでください。私たちの命に意味があるかどうかは、この命を抱える私たち自身と、生き残った者が決める事です。消耗品だなんて、思わないでください。価値のある物だと、認めてください。それだけで、十分救われるんです」
「⋯⋯どうして⋯⋯どうして、誰も私を責めないんですか? 戦えない腰抜けです!! 身体を犠牲にするなら、私の様な人間が相応しいのに、誰も、そうしろとは言いません。臆病な私は⋯⋯自ら名乗り出る事は出来ません。命令していただければ──」
「柱は、自分より下の階級の者に、死ねと命じたりはしません。貴女も、そんな事は出来ないはずです。生きてください。貴女の気持ちに、私は救われました。私やしのぶさんのために、腹を立ててくれてありがとう。私達が口に出せない、理不尽な待遇に、怒ってくれてありがとう」
「どうしてですか?! どうして、理不尽と分かって抗おうとしないんですか?!」
アオイは屋敷中に響く様な大声で叫んだ。宇那手は、スッと目を細めた。
「他の誰かに、同じ荷物を背負わせないためです。私は、私の人生を受け入れて、本分を全うします。貴女も、貴女にしか背負えない物を、キチンと背負って生きてください。この屋敷の子供達、怪我人。助けられるのはアオイさんです。⋯⋯そろそろ、休ませていただいても良いですか?」
「あ⋯⋯はい! 呼び止めてしまい、すみません!」
「いいえ。ありがとうございます」
宇那手は、丁寧に礼をし、屋敷の中へ進んだ。