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【鬼滅の刃】継ぐ子の役割

第78章 月下の約束


「⋯⋯酷くて、優しい人」

 宇那手は、子供の様に泣きじゃくってしまった。冨岡は彼女の頭を優しく撫でた。

「言葉にしたくなかった。だから、受け取って欲しい」

「分かりました」

 宇那手は、別れを意味するハンカチを受け取った。

「大切にします。片時も離しません。指輪も⋯⋯」

「ハンカチは、藤原が縫ってくれた。それと、まだ渡したい物がある。この一年、本来お前にしてやるべきだった事の、精算をさせてくれ」

 冨岡は縁側に腰掛け、袖を漁った。

「⋯⋯火憐。最後にもう一度だけ、確認させてくれ。逃げるつもりは無いか? 逃げなくとも良い。実家に戻れ。お前はもう十分貢献した。誰も責めはしない」

 答えは、聞かずとも分かっていた。宇那手は首を横に振り、冨岡の隣に掛けた。

「戦います」

「そうか」

 冨岡は微笑んだ。そして、三本の簪を差し出した。

「当分会えないだろう。これだけ渡しておく。本当なら、着物や、洋服、花や、書物、お前が望む物を何でも与えてやりたかった。普通の娘の様に、俺が守ってやりたかった。お前が長い間心を閉ざしていたのも、俺のせいだ。ようやく開いた心を、鬼に壊されるのを防いでやれなかった。俺は鬼と戦い、必ず生き延びて、償う。だから、また俺と夫婦になってくれ。あの晩の様に、俺が音を上げるまで追い回してくれ。俺も、必ずお前を探す。鬼のいない世界で、今度こそ、お前が当たり前の日常を送れる様にする」

「⋯⋯信じられません」

 宇那手は、簪を受け取り、目を伏せた。そして、苦笑した。

「こんなに沢山の言葉をいただけるなんて。幸せです」

「先に与えてくれたのは、お前だった」

 冨岡は、顔を伏せた。再会してから約半年間、二人の会話は必要最低限だった。特に冨岡が宇那手に与えた言葉は、どれも聞くに堪えない物ばかりだ。

 ──殺せ。

 ──撤退。

 ──命令。

 殆どそれらの言葉と、了承の返事だけで成り立っていた。
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