第78章 月下の約束
炭治郎は、約一週間後、鋼鐵塚から送られて来た呪いの手紙を目にし、刀鍛冶の里へ向かった。
宇那手も、出立の準備を進めていた。炭治郎には、二日目の夜になっても鬼の襲撃が無ければ鴉を送る様に言ってある。
(里の場所は、鬼舞辻との取引に使える。既に一部の職人と、刀は空里に移してある。対価は⋯⋯)
正直に言って宇那手は、もう欲しい物が無かった。
(対価は、鬼舞辻の人間としての家族の命にしよう)
「宇那手さん」
アオイが勢い良く扉を開けた。
「冨岡さんが来ています」
「すぐ行くと伝えてください」
宇那手は、内心嘆息した。別れの言葉を交わすのは辛かった。このまま会わずに旅立つつもりだった。
(笑顔! 何時が最期でも良い様に!)
彼女は両頬を叩いて笑みを浮かべた。
月明かりに照らされた中庭に出ると、冨岡が静かに佇んでいた。相変わらず、波一つない水面の様に美しい。
「こんばんは、冨岡さん。どうしましたか?」
「約束をしに来た」
「⋯⋯約束?」
戸惑う宇那手の左手首を掴んだ。
「俺たちに、何時かは約束されていない。だから、今だ。俺と夫婦になってくれ。これを、受け取って欲しい」
冨岡は簡素な意匠の指輪を手にしていた。
「俺は何があっても、お前以外の女と結婚しない。お前もするな。その約束をしてくれ」
「⋯⋯約束⋯⋯します」
宇那手は、堪えきれずに涙を溢した。
「約束します! 私は、最初から貴方の物です!! 貴方だけの刃です!! 貴方を愛しています!! 心から⋯⋯貴方を⋯⋯」
「それから、これも受け取って欲しい」
冨岡は、ハンカチで宇那手の涙を拭った。それは、錆兎と冨岡の姉の形見を縫い合わせた物だった。
宇那手は、悲しげに表情を歪めた。
「ハンカチを贈る意味を、ご存知ですか?」
「理解している。その覚悟を持った上で、俺は夫婦になりたいと言った」