第77章 竈門禰豆子
「火憐さん」
後を追って来た胡蝶が、静かに語り掛けた。
「何度か、ありました。一時的に飢餓状態を脱却した鬼が、家族の名前を呼ぶ事は。⋯⋯結局自我を保てずに襲い掛かり、殺すより他にありませんでした。例外です。貴女は何も間違っていない」
「⋯⋯分かりません! 分からないんです!」
宇那手は、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「私の愛情が足りなかったからでは無いでしょうか? 私は⋯⋯お世辞にも心から家族を愛していたとは言えない。だから⋯⋯だから⋯⋯冨岡さんに斬らせてしまった」
結局の所、彼女が一番気にしているのは、冨岡の事だ。
胡蝶は、溜息を吐いて、しゃがんだ。
「実は、以前貴女と良く似た境遇の女性を助けた事があります。猟師の少女です。父親が鬼になり、彼女以外の家族全員を喰い殺しました。そのおかげで、一時的に飢餓状態を脱却し、娘の名前を呼びました。⋯⋯結局、理性を取り戻す事は無く、冨岡さんが首を刎ねました。⋯⋯良くある事なんです。禰豆子さんは、例外中の例外。どうか、ご自身を責めないでください。貴女の強さは、自信です。自信を持って」
「分かっています! でも、分からなくなる!! 母は、私が生き残る事を望んでいなかった!! 肉親を殺してまで生きたいと願うなんて⋯⋯なんて浅ましい!! 私は、鬼舞辻と何が違うと言うのでしょうか?! 彼も、ただ生きたいだけだった!! 最初は、当たり前の命が欲しかっただけだったのに⋯⋯。探さなければ、探さなければ!!」
宇那手は、髪を掻きむしった。
「鬼を助ける方法を!! 殺さなくても済む方法を!! 何か⋯⋯何か」
「ごめんなさい!!」
不意に炭治郎の声が響き、宇那手は我に返った。少年は悲しげな表情で、胸を抑えていた。
「すみません! 俺⋯⋯俺は、深く考えた事がありませんでした。殆どの人が、鬼に家族を殺されているし、家族を鬼にされている。禰豆子は運が良かっただけで⋯⋯。人間に戻す方法だって、人任せで⋯⋯。柱の人達が、何故禰豆子を殺せと言ったのか、本当に理解していませんでした。鬼が、自我を保つ事なんて、あり得ないんですよね? だって、こんなに優しい火憐さんが、どうすることも出来なくて、苦しんでいるんだから」