第76章 鬼ごっこ
カナヲは怒りに支配されていた。それは、彼女の脚力を極限まで引き出す原動力になった。思い切り地面を蹴った瞬間。
「⋯⋯え」
なんと、宇那手は、カナヲに向かって踏み込んだ。姿勢を低くし、少女の脇を難なく擦り抜けると、振り返って微笑んだ。
「カナヲちゃん。一番は判断の早さ。次に、冷静さ。それから、智略。異能の鬼程度なら、貴女の場合力で押し切れる。でも、数字を与えられた鬼は、そう簡単に行きません。相手が想像もしない動作、自分がされたら嫌な動きをするんです。常に、先の先を読んで行動する。相手の心を読むには、まず、自分の心を理解しないといけない。貴女はまだ不安定だから、努力をしてください」
「でも、貴女のコレは奪えた」
カナヲは、これまで誰にも見せた事の無い様な笑みを浮かべていた。彼女は青い蜻蛉玉の着いた簪を手にしていた。
宇那手はクスリと笑った。
「”柱”が、鬼ごっこに負けると思いますか?」
「え?」
「早く手を洗って来なさい。その簪は毒まみれだから」
「っつ!!」
カナヲは簪を取り落として走り出していた。
「⋯⋯全く」
宇那手は蜻蛉玉の部分を摘んで簪を拾い、ハンカチで拭き、髪に挿した。
「比較的冷静でしたね。赤ではなく、青を狙った。でも、私の勝ちです」
彼女は胡蝶の元へ行き、膝を折って視線を合わせた。
「並の隊士より相当強いですね。目が良い。判断力も水準以上。これまでの討伐数から鑑みるに、柱に準ずる力を持っています。恐らく、下弦が解体されず、彼女が斬っていれば、花柱になっていたでしょう。危惧するべき部分があるとすれば、経験不足から、足元を掬われる可能性がある所です。先程の様に」
「あの子を柱にする気はありません。無理です」
胡蝶は、少し翳りのある表情で呟いた。宇那手は、逡巡の後、炭治郎に目を向けた。
「君はもう部屋に戻りなさい。命令です」
「はい!」
炭治郎は素直に従ってくれた。彼が遠ざかるのを確認してから、宇那手は、縁側に腰を下ろした。