第76章 鬼ごっこ
宇那手は、カナヲと向き合い、微笑んでいた。
「五勝零敗。私の完勝です」
「⋯⋯どうして。どうしてあんな動きが出来るの?」
「経験の差です。恐らく目は、貴女の方が良い。でも、私の頭には幾つも引き出しがあって、その中から適切な動きを選びとっている。引き出しの数は、実戦で増やすしかありません。⋯⋯あら?」
宇那手は、胡蝶達に目を向けた。
「見学ですか?」
「はい。貴女の機動力は私以上です。参考にさせてください」
胡蝶は縁側に腰掛け、炭治郎と冨岡もそれに従った。
「では、もう一戦。今度は少しやり方を変えて見ましょう。五秒時間をあげますので、その間に逃げてください」
宇那手は懐中時計を取り出した。カナヲは手に汗握っていた。
(五秒⋯⋯。この中庭の何処に逃げたら良い?)
考えながら、彼女は出来るだけ遠くに逃げた。どれだけ距離を取っても無駄だと分かる。宇那手の方が、早い。
「三、二、一」
宇那手は地面を強く蹴った。あっという間に距離を詰めたが、何度か攻防を繰り返しているためか、カナヲも身を翻した。その瞬間、宇那手は硬貨を掠め取っていた。
カナヲはそれに気付かず、何故突然宇那手が距離を取ったのか理解出来ずにいた。
「カナヲちゃん、これ、大切な物でしょう!」
宇那手は、硬貨を掲げた。
「っ!! 返して!!」
「私が鬼だとして、取りに来る?」
「あ⋯⋯あ⋯⋯」
「判断が遅い!!」
宇那手は硬貨をカナヲに投げ返した。
「その硬貨の意味を聞いたわ。貴女のお姉さんは、貴女が迷わない様に⋯⋯生きていける様に、それを渡した。それなら、優先すべきは物ではなく、貴女自身よ!!」
「⋯⋯かなり厳しいですね」
胡蝶は顔を引き攣らせた。
「わざとだ」
冨岡は即座に返した。
「物覚えの悪い隊士を相手にしても、こんな指導は、見た事がない」