第75章 歩み寄り
「駄目ではありません。でも、死んでから、何か言葉を遺しておけば良かったと思っても、手遅れです。禰豆子さんの件ですが、君に何かがあった場合、私か冨岡さんが保護し、珠世さんに託します。ですが、その猶予すら与えられないかもしれない。私は、貴方自身から、鱗滝様か、珠世様に直接お願いをするべきだと思います。決めるのは、貴方です。⋯⋯誰一人欠けることなく、という考えも、また尊いです。私には出来ない。私は既に、君より多くの人の死を目の当たりにして来ています。同期も数人遺して、皆死にました。貴方がその思いを貫けるのなら、尊重します。⋯⋯血の件は、明日までに考えて置いてください」
宇那手は話を切り上げ、一礼すると席を立った。
すると同時に部屋の扉が開き、すこぶる不機嫌そうな冨岡が姿を現した。何故か右腕から血を流している。
「冨岡さん?! どうした──」
「お前の屋敷に荷物を取りに行ったら、犬が繋がれていた。一体誰の仕業だ?」
冨岡は風呂敷を床に下ろすと、袖をめくって噛み傷を見せた。
「俺は猛烈に腹が立っている。あの犬は何故、俺にだけ噛み付いて来た? 他の連中にはすぐに懐いたぞ」
「取り敢えず、治療しましょうか。座ってください」
宇那手は笑いを堪えながら、炭治郎の隣のベッドに冨岡を座らせた。
彼女は荷物を漁り、アルコールと脱脂綿、包帯を取り出した。
「うーん。そんなに深くはありませんね? 戯れて噛みつかれたのでは? その後、無理矢理引っ張って離そうとしませんでしたか? そのわんちゃんは、貴方が遊んでくれたのだと思ったのかも知れませんね」
「そうか、戯れていたのか」
「嘘です。貴方、以前も犬に噛まれた事があるんですよね?」
「誰に聞いた」
「実弥さんに。⋯⋯ああ、実弥さんの仕業かもしれませんね。私は何時死ぬかも分からないので、犬を飼うつもりは無かったんですが、弟子たちが面倒を見てくれるなら、安心です」
「あいつは、俺のことが嫌いなのか?」
「え?」
流石の宇那手も硬直してしまった。
(嘘でしょう?! まだ嫌われていないと思っているの?! あれから、嫌われる要素を更に積み重ねたのに?! これだから、貴方は⋯⋯)