第74章 那田蜘蛛山の記憶※
「まだ名前を覚えていないのか? それとも、忘れたか? 随分と簡単な頭だな」
敢えて意地の悪い言葉を言い放ち、冨岡は剥ぎ取る様に宇那手の服を投げ捨てた。
「っ!!」
彼女の容姿が端麗な分、左腕の傷が、余計に悲惨に見えた。冨岡は、傷口に触れぬ様、ベッドに手を着き、宇那手の乳房を口に含んだ。
「義勇さん! 嫌だ!」
宇那手は、涙ぐんで叫んだ。交わったのは、ほんの数回だというのに、既に全身が快楽を拾う様になっていた。
「俺は構わないが、聞こえるぞ。⋯⋯新しい隊服はまだ届かないのか? 確かに、随分苦しそうだ」
冨岡は口を離し、宇那手の腹に手を這わせながら囁いた。
宇那手は、肩で息をしながら、視線を逸らした。
「刀鍛冶の里で⋯⋯受け取る予定で⋯⋯。冨岡さ──」
「おい、物忘れが激しすぎる」
「義勇さん!!」
宇那手は根性で起き上がり、冨岡の服を掴んだ。
「私は絶対謝らない!! 間違ってなんかいない!! こんな事をしても無駄です。音を上げるのは、貴方の方です!! 根くらべ、しましょうか。このままお話をしましょう」
彼女は瞳をギラつかせて、不敵に微笑んだ。
「上弦を二体始末したら、私は鬼舞辻の元へ向かいます。出来るだけ長く、ヤツの傍に張り付き、時間を稼ぎます。アイツは私を信用している。懐に潜り込んで、何時でも寝首を掻ける様、備えます」
「火憐! それは──」
「お館様も承知済み。それが、鬼殺隊の方針です。納得行かないなら、去れば良い」
「止めろ!!」
冨岡は宇那手の腕を掴んで振り解いた。怪我が治ったばかりだというのに、彼女は恐ろしい程の怪力を発揮していたのだ。何時鍛えたのか、確実に筋力が強くなっている。
「止めろ。何故これ程拒絶する?!」
「私は貴方の持ち物ではありません」
半年前の宇那手からは、想像も付かなかった言葉が飛び出した。
冨岡は、唐突に那田蜘蛛山での一件を思い出した。