第74章 那田蜘蛛山の記憶※
「竈門君。竈門炭治郎君。君が目を覚まさないと、誰も禰豆子さんの為には戦ってくれない。頑張って。貴方と話がしたい。⋯⋯最期に話がしたいの」
「火憐さん」
胡蝶が部屋に入って来た。投薬の時間なのだろう。宇那手は、慌てて微笑んだ。
「それでは、私はこれにて失礼いたします。お邪魔しました」
「ゆっくりして行っても良いのですよ? 貴女は当面休養を取る様に言われているはず」
「やる事が沢山ありますので。胡蝶さん。冨岡さんのこと、お願いします。もしかすると、暫く会えないかも知れないので」
「⋯⋯まるで遺言ですね」
「最近、何故か良く言われます」
宇那手は肩を竦めて見せた。胡蝶は、微かに目を伏せた。
「本当に後悔しませんか」
「え?」
「貴女が何かしようとしている事は分かります。きっとそれは、とても危険な事で、死んでしまうかもしれない。冨岡さんに、会いませんか?」
「⋯⋯いるんですか?」
宇那手は、反射的に後ずさっていた。怖かったのだ。きっと、何時別れが訪れても、後悔するに決まっている。
胡蝶は、宇那手の肩に手を置いた。
「面白いから、見て行ってください。あんなに打ちひしがれた冨岡さんは、初めてですよ! もう、何に対して腹を立てているのか分からないくらい滅茶苦茶で! ふふ⋯⋯貴女に酷いことをしたと嘆いていたと思ったら、槇寿朗様に腹を立てて刀を振り回したり。⋯⋯きっと、もしもの時、後悔が大きいのは、冨岡さんの方です」
「⋯⋯分かりました。会います」
宇那手は決断して羽織を正した。胡蝶はやっと、心からの笑みを浮かべた。
「何時もの部屋にいますよ。邪魔はしません。台所に、アオイが料理を作り置いてくれていますから、お好きな時にどうぞ」
「ありがとうございます」
宇那手は、胸に手を当てて、頭を下げた。胡蝶だけは、真に自分を理解してくれていると思えた。同じ覚悟を持った者同士だ。