第74章 那田蜘蛛山の記憶※
宇那手が、完治と箔押しされたのは、一週間後だった。それでも、怪我の程度を鑑みれば、驚異的な回復力である。
彼女は断り続ける不死川と浅井に、十分過ぎる謝礼を支払った。鬼の医者たちにも鴉を送っていた。
一週間、冨岡は一度も屋敷に足を運ばなかった。不死川は、その事が気に食わなかったが、宇那手は、気にしていないと笑って済ませた。
「お昼には出ます。伊之助君が目を覚ましたそうなので、蝶屋敷に寄ってから、里へ戻ります」
「そうかい。精々頑張れやァ」
不死川は、完全に宇那手への好意を封じていた。口にするのも、思うのも気恥ずかしかったのだが、本当に愛しているのなら、彼女が望む様に接してやるべきだと思ったのだ。
「実弥さん。おはぎ、作っておきましたから。それから、日持ちしそうなおかずも。どうか、身体を大切に」
「火憐」
不死川は、反射的に宇那手を抱き締めていた。これは、親愛から来た行動なので、許されるだろう。
「生きて戻れよ。それから、冨岡に一泡吹かせてやれ」
「はい。行って参ります」
宇那手は、一瞬不死川を抱き締めて、屋敷の外へ駆け出してしまった。束の間の家族ごっこは終わりを迎えた。
不死川は縁側に座り、ふと、弟から送られて来た手紙を手にした。一度も返事は送っていない。
(嗚呼、情けねェな。鬼狩りなんて辞めて、玄弥を連れて、何処か遠くへ逃げちまうか)
しかし、そうする事は出来なかった。カナエを鬼に殺され、宇那手は戦っている。自分だけが逃げ出す事は、許せなかった。
宇那手は、真っ直ぐ蝶屋敷へ向かい、猪之助と初めてまともに対面した。
と言っても、彼はまだベッドの上にいたのだが。
「猪之助君、調子はどう?」
「問題ねぇよ」
「良かった。早く元気になって、もっと強くなってね。貴方の為に、幾つか鍛錬の方法を考えて記しました。胡蝶さんに預けましたので、刀を持てる様になったら読んでください。私は⋯⋯」
言い掛けて、宇那手は口を噤んだ。伝えるべきでは無いと判断したからだ。
彼女は、未だ意識の戻らない炭治郎の額に手を置いた。