第73章 死の淵
「火憐さん、もう大丈夫ですよ。眠っても構いません」
「珠世さん⋯⋯。どうして⋯⋯? 鬼舞辻に見つかったら⋯⋯」
「昨晩、産屋敷の鴉から、貴女が鬼舞辻を浅草に足止めしてくださっている事を聞き、拠点を移しました。貴女のお陰で、愈史郎の力が無くとも、安全に移動が出来ました。⋯⋯身体の状態から察するに、一番早く、安全な治療法は⋯⋯鬼になる事。それが、鬼舞辻の目論見でもある。ですが、貴女はそれを望まないと理解しています。必ず、治します。血を調べさせていただきますね」
珠世は左腕を良く観察し、血液を採取した。
「愈史郎。道具を持って来ています。幾つかの薬との反応を見てください。私は細胞を調べます。それから、貴方」
彼女は、恐怖の入り混じった表情で、不死川を見詰めた。
「力を⋯⋯貸してください。私達を嫌悪する、そのお気持ちは分かります。ですが、私は、この方を助けたい。私を、人と呼んでくださった、この方を⋯⋯何としても助けたいのです。このままでは、失血で、やがて体温が下がります。毛布を貸してください」
不死川は、無言で押し入れを漁りに行った。
(何がどうなってやがる?!)
彼は酷く混乱していた。
(人を喰ってねェのは確かだ。⋯⋯いや、女の方は分からねェが、男の方は確かだ。鬼舞辻の名前を呼んだ。お館様と連絡を取っている?! だが、人を喰わずに、どうしてあれだけの知性を保っていられる?! 俺は⋯⋯柱だが、何も知らされていねェのか?! 信頼⋯⋯されていないのか)
無理も無い、と思った。不死川は、鬼の禰豆子を即殺せと進言し、害意の無い彼女を、問答無用で串刺しにしたのだ。
鬼の中に味方がいると言われても、到底信用出来なかっただろう。目にするまでは。
彼は少し湿った毛布を手に、居間に戻った。宇那手は眠っており、点滴を受けていた。