第73章 死の淵
愈史郎は、まず清潔な手拭いを濡らし、宇那手の額に置くと、傷口を拭き取った。鬼舞辻に付けられた傷以外にも、沢山の痕が残っていた。
「鬼狩り。この屋敷に陽の当たらない部屋はあるか? 俺は陽光を浴びたら死ぬ。だが、放っておいたらコイツが死ぬ。⋯⋯気が進まないのは理解出来るが、泊めてくれ」
以前の愈史郎ならば、考えられない言葉を付け加えた。彼は返事を待たずに、アルコールを出して、宇那手の傷口を洗い流す様にかけた。
「駄目⋯⋯。珠世さんを⋯⋯貴方は⋯⋯珠世さんを守らないと」
「お前を見捨てたら、俺が珠世様に叱られる!! 帰る前に、気付けて良かったよ」
愈史郎は傷口を徹底的に消毒した後、独自の薬を塗り、今度は反対の腕を診た。
「こっちはすぐに治るな。状況をもう少し詳しく聞かせろ。何がきっかけで、毒の効果が出た?」
「風邪に似た症状が出て、何時もより体温が高く感じられたので、柳の樹皮を服用しました。恐らく、最初の毒を分解してしまったので、次の効果が現れた」
「俺たちが作っている物と、似た様な物だな。恐らく毒の効果は二つだが、一応血液を調べる。三つ目の何かが現れるかもしれない」
「駄目! それは絶対に駄目!! 血液を運べば気配が──」
「うるさい!! お前が死んだら、無惨を殺す計画が振り出しだ!! 俺が懸念しているのは、輸血による効果の発現だ!! あいつとの戦いでは、こうして考える間も、調べる時間も無い!! 今、無惨の能力を測る必要があるんだ!!」
「愈史郎、落ち着きなさい」
深みのある、女性の声が響いた。額から札を外しながら、珠世本人が屋敷に入って来たのだ。彼女はキチンと履物を脱ぎ、人間らしい所作で礼をした。
「驚かせてしまって、ごめんなさいね。でも、この方を、どうしても放っておけなかったもので」
不死川は、二人目の鬼の出現に、どうしたものかと戸惑っていた。普段の彼なら、反射的に首を切っていた所だが、禰豆子の前例がある上に、二人からは不快な気配が一際しなかったのだ。
加えて、死に掛けている宇那手をどうにか出来る人間が、他にいなかった。