第73章 死の淵
「おい、人の屋敷で大声を出すな、鬼!!」
不死川が、馬鹿力で愈史郎を引き剥がした。
「何の話だァ?! コイツは何をしようとしている?!」
不死川の問いに、愈史郎は口を噤んだ。すこぶる不愉快そうに、傷だらけの腕を振り払うと、書生服の前を整え、再び荷物を漁った。
「火憐、両腕怪我しているだろう。ついでに出来る事はやってやる。見せろ」
「ありがとう」
宇那手は、まず、深い刺し傷のある左腕を差し出した。包帯を取ると、異臭が鼻を突き、黒く変色した血が腕を伝った。
「止血出来ていなかったの?!」
「お前、蛇に噛まれた事はあるか? 血液が凝固するのを防いで、失血させてから喰うヤツがいる。おい、そこの傷だらけの白髪! 桶に水を汲んで来い!! 清潔な水だ!!」
「アァ?! 何で俺が鬼の──」
「コイツを助けたければ、さっさと動け。ただでさえ、体力も、血も消耗している。おまけに薬漬けの毒塗れだ。普通の人間なら、五回は死んでる。早くしろ! 火憐、横になれ。熱が異常に高いだろう。普段以上に」
「確かに⋯⋯熱が⋯⋯」
宇那手は大人しく横になった。
「クソ、想像以上にヤバいな」
傷口を直に見た愈史郎は、額に汗を浮かべた。
「おい! 奥にもう一人いるな!! 叩き起こせ!! 浅井という隊士を連れて来い!! 冨岡の所にいるんだろう?! 火憐、お前、絶対に眠るなよ!!」
「水は汲んで来た。浅井は、テメェの弟子だったな? 脚力は?」
不死川は、宇那手の身体に布団を掛けた。
「⋯⋯浅井さんは、隠の適性が高い方です。おぶって来るより、彼一人を呼んだ方が早いかと」
宇那手は、繕うことをやめて、力無く答えた。今にも死んでしまいそうな声に、不死川は背筋が凍る思いを味わった。
「心配ありません」
宇那手は、慌てて微笑んだ。しかし、不死川は知っていた。心配ない、大丈夫だと言う人間ほど、呆気なく死んでしまう。
彼は慌てて鴉を呼び寄せ、闇夜に放った。