第73章 死の淵
「後で詳しくお話ししますが、この方はお館様と協力関係にある鬼です。胡蝶さんも認知しています。鬼舞辻の呪いも外しており、生まれてから一度も、人を喰っていません。⋯⋯愈史郎さん。どうして此処へ? こんな危険を冒してまで、私を助ける必要は──」
「お前の事は、昨日から気掛かりだったが、蝶屋敷での作業が一段落するまで、足を運べなかった。彼処が割れたら厄介だろう。⋯⋯珠世様や、俺が協力すると決心したのは、お前の言動のお陰だ。お前無くして、俺は鬼狩りを信用しない。堪えてくれて良かったよ」
愈史郎は徐に立ち上がった。
「落ち着いた様だし、俺は行く。拠点も明日には移す。念のため、開発段階の血鬼止めを置いて行くぞ。血鬼術の影響を食い止められる」
「待って。私が飲んでいた薬の調合表もお渡しします」
宇那手は、血塗れの手を手拭いで拭き、和紙を差し出した。一通り目を通し、愈史郎は息を呑み、彼女の頬を叩いた。
「馬鹿野郎! お前、処方通りに飲んでも、これだと、柊の毒で身体がやられるぞ!! 鬼に打ち込むならともかく、人間が摂取出来る様なものじゃない!!」
「ごめんなさい⋯⋯。ですが、致死量を超えない範囲で、藤を核にした薬が、どうしても思い付かなかったんです。鬼舞辻も、藤の毒に対しては、耐性を持っている。藤の毒は、胡蝶さんの切り札ですから、私が使うわけには行かない。それに、藤、柊以外の毒は、私の切り札として取っておきたいので! この話は、珠世さんにお伝えしないでください。⋯⋯喰われる事を前提に戦っている人には、知られたく無い。無惨は取り込んだ鬼や人間の細胞の記憶を読めるから」
「⋯⋯お前」
愈史郎は、宇那手の胸倉を掴んだ。
「やめろ。考えを改めろ!! まさか、無惨に──」
「だって不公平じゃないですか! 人に命を懸けさせて、私だけ無事に生き延びようなんて。⋯⋯安心してください。命は差し出しません。輸血の話、覚えておいてください」
「火憐!! お前はもう、何も差し出さなくて良い!! 鬼なら苦痛も感じない!! お前は人間だ!! 止めろ!!」