第73章 死の淵
「はい」
宇那手は、ぎこちなく答えて居間に向かった。
(一人で暮らしているんだ。実弥さんだって、痛みや苦しみを抱えて生きているのに⋯⋯。私は自分の事で精一杯で⋯⋯。他の柱を支える余裕が無い⋯⋯)
「犬を飼え!」
不死川は、部屋に戻るなり、そう叫んだ。宇那手と向き合う様に腰を下ろし、底意地の悪い笑みを浮かべた。
「冨岡の野郎は、犬に尻を噛まれて泣いたらしい。確か胡蝶との任務でも、手を噛まれた──どうしたァ?!」
「あ、いえ。少し寒くて。変ですね。私は体温が高いはずなのに」
宇那手は、体の芯から震えが奔るのを感じた。風邪を引いた時に似ている。
「取り敢えず、これを羽織っておけェ」
不死川は、物騒な漢字の書かれた羽織を宇那手に差し出した。
「⋯⋯ありがとうございます。あの⋯⋯本当に体調がおかしいです。やっぱり、うつらない様に、離れてください。私も、薬を飲んで寝ますから」
宇那手は、少し頭を下げて、荷物を漁った。風邪薬はあらかじめ用意してあったので、飲むだけで済んだ。
「すみません。羽織だけお借りしてもよろしいですか? 寒気が⋯⋯」
「いや、俺の布団を使え! 医者を呼ぶかァ?! お前が不調なんて、よっぽどだろう!」
「駄目です。夜は危険です。大丈夫──っげっ!!」
宇那手は口元を覆ってむせ返った。手の平にべったりと血が付いた。
(毒?! ⋯⋯そうか、あの時)
「おい!!! 何がどうなってやがる?!」
不死川は、激しく取り乱した。
「⋯⋯あ⋯⋯う⋯⋯」
宇那手はかつてない倦怠感に襲われて、その場に崩れた。鬼舞辻が左腕を噛んだ時、毒を打ち込まれていたのだ。
(初期症状は熱。それを抑えようとした時に、次の効果が現れる⋯⋯。まずい。ただでさえ、私の体温は常に三十八度を超えている。四十度を超えたら⋯⋯細胞が死ぬ⋯⋯)
「火憐!! おい!!」
不死川も、一応応急処置程度は出来るらしく、無理矢理揺さぶったりはせず、宇那手を横向きに寝かせた。
「病気かァ?! 此処で死ぬなァ!!」