第73章 死の淵
「突然すみません。冨岡さんと少しすれ違いがありまして。外へ出た所、継子が負傷したと連絡を受けたので、救出し、一番近い此処へ立ち寄りました。ご迷惑でなければ、庭の隅でも構いませんので、泊めてください」
「⋯⋯何があった?」
不死川は、不機嫌そうに庭に降り立った。
「すれ違い? テメェ、自分の面がどうなってるか分かるか?!」
「冨岡さんは⋯⋯鬼と関係を持った、私を信頼出来なかったんです。だから、私を試そうとした。冨岡さん⋯⋯し⋯⋯槇寿朗さまに、私を躾けろと⋯⋯。頬に口付けをされて⋯⋯私⋯⋯気絶してしまって⋯⋯」
全身を震わせて言葉を紡ぐ宇那手に、不死川の苛立ちは最高潮に達した。
「中に入れ。黄色い頭のヤツもだ。何もねェが、雨風はしのげる」
彼は踵を返し、ふと立ち止まった。
「信頼してくれて、ありがとうなァ」
「⋯⋯う」
宇那手は、困らせると分かっていても、涙を堪えられなかった。
「貴方が優しいほど、私は辛くなります」
「俺は優しくねェよ! ただ⋯⋯」
不死川は、亡き胡蝶カナエを思い出していた。どんな時も微笑みを絶やさない、優しい人間だった。
「まあ、とにかく休めェ! 身体が酷い有様じゃねえか!」
「少し、お話がしたいです」
「分かった。おい、黄色い頭!」
不死川は宇那手の背に隠れていた善逸を睨み付けた。
「奥の部屋が空いてる。邪魔すんじゃねェぞ! それから彷徨くなァ!!」
「はい分かりました!!!!」
善逸は指された方角へ、脱兎の如く駆けて行った。
二人きりになった瞬間、不死川は目を逸らした。
「でェ? 俺と何が話したい?」
「折角なので、この時間を有意義に使いたいです。一つ、痣の条件。二つ、稽古について。三つ、方位磁針の使用目的について。四つ、冨岡さんに対する嫌がらせの手段について」
「はァ?! いや、ソイツは傑作だァ!! 四つ目について、詳しく話そうや」
「貴方なら、そう仰ると思いました。私に必要なのは、取るに足りない、会話です。少し、疲れまして⋯⋯」
宇那手は、得意の笑みを消して、虚な表情をしていた。不死川は、溜息を吐いて、彼女の頭に手を置いた。
「取り敢えず茶でも淹れるから、待ってろ」