第73章 死の淵
「火憐さん、あの──」
「覚悟してくださいね、善逸君」
宇那手は、慰めの言葉を遮った。
「鬼と関わり、生きながらえるという事は、即ち多くの人の死を目の当たりにするという事です。時には、仲間の心さえ踏み付けにして、乗り越えて行かなければならない。貴方はまだ、引き返せる。全て悪い夢だったと思い、隊を抜けて、平凡に生きる事も出来ます。その刀は、己の身を守るためだけに使えば良い。貴方には、そういう生き方が残されている。それでも、戦い続けますか?」
「⋯⋯俺は臆病で、弱くて、本当は逃げ出したいです。でも」
善逸は、宇那手の肩を強く握った。
「無かった事には出来ません。煉獄さんの死を⋯⋯無かった事には。嫌だけど、怖いけれど、俺はもう、鬼に奪われた人間だ!! 炭治郎や、猪之助だけに背負わせるわけには行かない! 逃げたくても、戦わないと、俺は⋯⋯本当にただの臆病者になってしまうから!!」
「貴方が羨ましいです」
宇那手は、足を止めずに囁いた。
「人に託された物を背負い、仲間の為に戦える貴方が。私は分からない。両親には、戦う事よりも、共に死ぬ事を望まれ、同期の殆どは人為的に殺されました。心から愛していた人は、私を信じてはくれなかった。こんな無価値な私が、鬼舞辻無惨を殺す。あいつは家庭を持っている。幸せな家族を、不幸に陥れる事になる。⋯⋯無駄話が過ぎましたね。着きましたよ」
彼女は一等立派な屋敷の前で、善逸を下ろした。門を開けても人の気配は無かった。寂しい屋敷だ。
いや、冨岡の屋敷も、以前は同じ様な物だった。ただ、体を休める為の場所。
「おい、何しに来たァ!!」
突然障子窓が吹き飛び、不死川が姿を現した。善逸は縮こまって宇那手の背後に隠れた。