第72章 忘却の鬼
「ありがとう、槇寿朗さん」
「いや、止めるべきだった! 俺が」
「貴方のせいではありません」
宇那手は、冨岡の横を通り過ぎた。
「鬼を滅するためならばと、堪えて来ました。でも、貴方の目には、私が誰とでも床を共にする女に見えたのですね。悲しいです。⋯⋯担当地区の見回りをして、明日、里へ戻ります」
「駄目だ! その怪我では」
「問題ありません。下弦は解体され、鬼舞辻が動かせる鬼は限られている。異能の鬼程度にやられる事はありませんので、ご心配無く」
宇那手は一度だけ振り返り、冨岡に笑みを見せた。
「何かありましたら、鴉を送ってください。すぐに駆け付けますので」
「待ってくれ!!」
冨岡は、女々しく宇那手の肩を掴んでいた。
「何故、怒ってくれないんだ!」
「怒れば、貴方はきっと、何度でも謝罪をする。私はきっと許してしまう。ちょっとした復讐です。行かせてください」
彼女は、最後まで微笑んでいた。最早癖になっていたのだ。何時が、最後になっても良い様に。
「冨岡さん。信じていました。これからも、愛しています」
宇那手は、一言も不満を言わず、出て行ってしまった。