第72章 忘却の鬼
「ともかく、今晩は問題無いでしょう。皆、一ヶ所に集まって寝る様に」
宇那手は肩を竦めた。
「生憎、布団すら無いようですので、床で寝ていただく事になりますが。冨岡さん。怪我の手当をしますから、見せてください」
彼女はハンカチを冨岡の首に押し付け、簪を受け取った。
「俺が、この子らを見る」
槇寿朗は、部屋の真ん中に腰を下ろした。
「二人で話したい事があるだろう。大丈夫だ。責任を持って守る」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
宇那手は、丁寧に礼をし、冨岡の腕を引っ張って廊下へ出た。彼女は、静かに怒っていた。
「冨岡さん、無惨は一秒も待ってくれませんよ」
「だから、俺は柱に相応しくないと──」
パシッと音が鳴り響いた。宇那手が頬を張り飛ばしたのだ。
「相応しくないかどうかは、この際関係ありません。貴方は柱に任命された。柱の位を与えられている。仕事をしてください。あの場で優先すべきだったのは、まだ己の刀を与えられていなかった環と祐司です!! 私が戦える状態であった事は、すぐに分かったはず!!」
「⋯⋯」
冨岡は、返す言葉も無く俯いた。宇那手は、空いた小部屋に彼を連れ込むと、手際良く荷物を漁って、冨岡の傷口を消毒し、ガーゼを当てて固定した。
「私だって、不安でした。でも、柱なら、惨めな姿は見せられない。あの子達に不安を与えたく無かった」
「すまない」
「何時か、貴方が私に言った事です。不安になるのも、泣くのも、二人きりになってからにしてください。⋯⋯その⋯⋯今は良いですよ? 泣いても、震えても」
「火憐!!」
冨岡は、年下の娘の胸に抱き付いた。
「お前だけは失いたくないんだ!! 姉も、錆兎も奪われた!! 大切なのは、命だけではない。伊黒の言った通りだ!!」
「伊黒さん? 伊黒さんと何かお話ししたんですか?」
二人は犬猿の仲だと思っていた宇那手は、混乱した。
「身体が無事なら、それで良いのかと⋯⋯。生きてさえいれば、戦えれば、無事と言えるのか、と!! 心が壊れてしまっても、無事と呼べるのか⋯⋯」
「それ、伊黒さんは、お館様に言ってしまわれたのですか?!」
「あまね殿に」
「お詫びをしなければ──」
「詫びる必要は無い!」
冨岡は声を荒げた。