第72章 忘却の鬼
鶏鍋をたらふく食べた宇那手達は、家路を急いでいた。
「槇寿朗さん、体調は?」
「問題ない。貴女の言った通りだ。酒を一杯飲んだだけで、震えも止まった」
「量は、私が管理しますからね。絶対、勝手に飲まない様に」
宇那手は釘を刺し、久し振りに、冨岡の屋敷に踏み入った。
宇那手の為に、彼は日当たりの良い、新しい屋敷を所望したが、此方は前に宿代わりにしていた、竹林に囲まれた薄暗い屋敷だ。
玄関の戸を開けると、隊士達が団子の様になって転がり出て来た。
「火憐様!」
「火憐さん!」
「冨岡!!」
環、祐司、七人の弟子達が、我先にと飛び出して来たのだ。
「環⋯⋯。貴女、蝶屋敷にいたんじゃ⋯⋯」
「しのぶ様が、行っても良いとおっしゃったので!! 私、ちゃんと選別に受かりました!!」
「俺もです!!」
祐司は、膝を着いて頭を下げた。
「貴女が、失格や棄権の制度を設けてくださるまで、未熟な剣士志望者は、皆殺されていたと聞きました。貴女のお陰で、助かりました!! 本当にありがとうございます!!」
「良く頑張ったね。もう、任務に就いているの?」
宇那手は、二人を抱きしめて訊ねた。
「はい! でも、私も祐司も、刀が届いていないので、戦闘というか⋯⋯伝達の仕事が多くて⋯⋯」
「重要な仕事です。邁進してください」
(なるほど。この子達の代は、全員非戦闘員か。だけど、もう少し階級が上がらないと、現場の指揮は取れない⋯⋯)
「火憐さん、心配したんですよ!」
村田が泣きそうになりながら叫んだ。
「折角療養の機会を与えられたのに、急にいなくなって!! 桜里が手紙を寄越して、俺たち全員、心配で死ぬかと思いました!!」
「ごめんね。みんな、心配を掛けて⋯⋯。大丈夫だから。本当に⋯⋯ごめんね」
宇那手は、母親の様に、弟子達を両腕に抱き抱えた。
「夕飯の支度をするから、待っていてね」
それでも、弟子達は、何かと理由を付けて宇那手の側を離れようとしなかった。食材を運んだり、慣れない下準備を手伝ったり。
まるで、本物の家族の様だった。