第71章 If〜砂時計〜
「義勇」
輝利哉は、桐の箱を前に置いた。
「火憐は、貴方に三十通の手紙を遺した。毎年、貴方に渡す様に、と。限られた命の中で、あの子は出来る限りの事をした。その生き様を、貴方には評価して欲しい。貴方には、別れの猶予が与えられた。だけど多くの隊士は、その時間さえ与えられず命を落としました。父上も⋯⋯姉上も。どうか、前を向いて、歩いてください」
「俺のせいです。俺があいつを継子にしたから、痣が出た。腕を失った!! 俺があいつを不幸にしてしまったんだ!!!」
「違うよ」
輝利哉は、優しく否定した。
「それは違う。火憐は幸せだった。貴方に宛てられた手紙は、どれも希望に満ちていました。どうか、あの子の人生を否定しないでください。生きて、生き抜いて欲しい。火憐は⋯⋯鬼殺隊最後の犠牲者は自分であって欲しいと言っていました。痣の寿命で死ぬのは、自分だけであって欲しいと。義勇。生き延びて」
「火憐⋯⋯」
冨岡は、手紙を抱き締めて涙を溢した。自ら命を断つことも考えた。しかし、どうしても出来なかったのだ。
命を繋いでくれた者と、託された未来を思うと、どうしても、首を括る事が出来なかった。生きて行くしかないのなら、少しでもマシな生き方を、と思っていても、顔を上げられなかった。
それほど、宇那手は、尊い存在だったのだ。
数分掛けて、ようやく冨岡は立ち上がった。そう簡単には、気持ちを切り替えられない。死の淵へ誘う声は、途轍も無く魅力的で、争うのは困難を極めた。
後ろ向きな考えかもしれない。しかし、ちゃんと生きなければ、火憐と同じ場所へ逝けないという思いが、彼を突き動かした。
「ありがとう⋯⋯ございます」
冨岡は一礼し、屋敷を後にした。