第71章 If〜砂時計〜
そして、三十の誕生日を迎えた日、突然産屋敷輝利哉に呼び出され、ふらふらと足を運んだ。酒も抜け切っていない状態で、頭が朦朧としていた。
そんな醜態を見ても、輝利哉は一際責めなかった。
「急に呼び出して、すまなかったね。義勇に渡したい物があったんだ。宇那手から、手紙を預かっていたんだ」
「っ!」
冨岡はようやく顔を上げ、震える手を伸ばした。輝利哉は、優しく笑った。
「左手では、上手く字を書けないと言っていたから、タイプライターを使ったみたいだね」
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義勇さんへ
三十歳のお誕生日おめでとう。私の可愛い子供達を、一年間ありがとう。
と、言いたいところですが、誰よりも優しく、脆い貴方は、きっと私のために泣いているはず。だけど、それも、今日までです。
貴方には、守るべき子供達がいる。貴方を愛しているのは、私だけではありません。竈門君も、実弥さんも、蝶屋敷の皆様も。
もう、泣くことは許しません。私の事は、心の片隅にしまい、共に生きている皆を見詰めて、前へ進んで欲しい。
貴方と出会えて幸せでした。貴方が生きている事、貴方に見送られた事が、何よりの幸運でした。寂しい思いをさせてごめんなさい。
だけど、もう少し頑張ってみて。数十年後に、笑って合える事を願っています。
貴方が、貴方の人生を誇りに思ってくださる事が、最期の願いです。どうか、強く生きてください。それでは、また来年。
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「義勇。火憐はね、生涯を懸けて、鬼殺隊の記録を残してくれた。数千枚の原稿を受け取ったよ」
輝利哉は、宇那手に託されていた、膨大な紙の束を見せた。
「殆ど全ての隊士の記録を残してくれた。鬼になった人の記録も。特に、最後の柱達については、詳細に記してくれている。それから、鬼殺隊の歩みについても。此方は娯楽小説として、多くの人々に読まれるでしょう。残って行くんです。私たちの戦いは、例え現実の物として受け入れられなくても、人々の心に何かを残してくれます。彼女が、命を懸けて書き記してくれたから」
「それでも私は⋯⋯あの時間、彼女と過ごしたかった。向き合って笑っていたかった」