第70章 隔てる壁
「⋯⋯は?」
冨岡は、予想外の答えに顔を顰めた。確かに竈門炭治郎の精神力は、常人離れしているが、上弦ノ陸相手に昏睡状態に陥っている。明らかに宇髄の方が優れているはずだが、彼には痣が無い。
「言葉のあやという物でしょうか」
宇那手は、落ち着いた声で続ける。
「痣は、上弦に対抗し得る、可能性を持った者に現れる様です。体温と心拍数に鍵がある。ですが、こればかりは、通常の鍛錬ではどうする事も出来ません。実戦で、限界以上の力を引き出さない限り。私の場合、煉獄さんとの訓練で、血を吐くまで呼吸を使いましたよね? 今の私よりも、遥かに未熟でしたが、痣を出す事は出来ました。貴方が攻撃され、怒りに我を失って、限界を超えていました。ついでに、もう一つ」
宇那手は、開けた場所に出た所で、足を止めた。周囲に人目が無いことを確認してから、刀を抜いて見せた。
「既にお館様に報告済みなのですが、首が急所で無い鬼を足止めする手段があります」
彼女は、刀身に手を置いて、力を込めた。手の平が斬れない、ギリギリの力で。
すると、刀身の色が赫く変化した。
「これは!!」
槇寿朗は、それが何であるか、即座に理解した。
「赫刀か?!」
「はい。この刀で斬られた鬼は、地獄の様な痛みを味わい、再生も遅くなります。始まりの呼吸の剣士は、何の動作も無く、全集中常中と同じ様に、この赫刀を使用していたと聞きます」
宇那手は刀を収めた。
「現状、刀をこの状態に変化させられるのも、私と竈門君のみです。竈門君の場合、鬼の禰豆子さんの血を使用する事で、刀身を赫く出来たと言っていました。痣以上に難しいですよ。刀身の温度を上げるなんて。千寿郎君が存在を教えてくれたので、私は発現させられましたが、戦闘で使えるかどうか⋯⋯。赫刀に変化させるために、一秒は掛かり、無惨相手なら、その間に致命傷を負わされる可能性がある。赫刀をどの程度維持出来るかも、今のところ不明です」
「水の呼吸とは、相性が悪そうだが、努力はしよう」
冨岡は簡潔に答えた。槇寿朗は、当代柱が、自分たちの世代とは、次元の違う者たちであると再認識した。恐らく、そこまで実力を押し上げたのは、宇那手だ。