第70章 隔てる壁
「愛しています」
宇那手は、青みがかった澄んだ瞳を、真っ直ぐ見据えて言葉を発した。
「愛しています、冨岡さん」
やり取りを聞いていた槇寿朗は、息苦しさを覚えた。亡き妻の形見を身に付けた女性が、美麗な男に愛を囁いている。気がおかしくなりそうだった。
同時に疑問にも思った。水柱は、何故愛する女性を戦わせるのか、と。
(そうか⋯⋯この娘)
槇寿朗は、気付かされた。今代の柱達は、先代以上のくせ者の集まりだったが、一つに団結していた。宇那手に対して、並々ならぬ好意を持っており、産屋敷家の当主に歯向かうほどに。
(この娘が眼前で殺されれば、他の柱は怒り狂うだろう)
「槇寿朗さん」
宇那手は、先代花柱に似た笑みを浮かべて、彼を振り返った。
「お酒、やめたんですね」
「あ⋯⋯ああ。あんな状態では、とても──」
「今も万全とは言えない様に思えます」
宇那手は、槇寿朗の手を取って顔を顰めた。全身が小刻みに震えていたのだ。
「発汗、不整脈⋯⋯隠してはいますが、幻覚も見えるのでは? 私は体温が高いので分かり難いのですが、熱もありますよね?」
「実を言うと、呼吸を使うのも苦しい」
「お酒を急に止めたからです。貴方の身体は、お酒がある状態に慣れてしまっている。徐々に量を減らして行かなければ、地獄を見ますよ。完全に治療が終わるのに、お酒を飲んでいたのと、同じ時間が掛かると思ってください。取り敢えず、今は一日一合半程度、三回に分けて摂取しましょう。そこから減らして行きます。胡蝶さんは、今手一杯ですので、私がお手伝いします。必ず、治りますから」
「すみません⋯⋯。貴女を守る様に仰せつかったのに⋯⋯」
「柱が、他の隊士を守るのは当然の責務ですから。貴方がまた刀を握ってくださるのでしたら、私は何でもします」
宇那手は、人好きする笑顔で応えた。槇寿朗は、思わず年下の彼女に甘えたくなってしまったが、寸手の所で理性を取り戻した。