第70章 隔てる壁
「⋯⋯悪りィ。一つ問題がある」
不死川が手を挙げた。
「俺はロクに字が書けねェ。読めるには読めるが、細かな伝達を手紙で済ますのは無理だ」
「では、私が字を教えます。昨今識字率は上がっていますので、鬼舞辻を滅した後の生活にも差し支えがあると思います。私たちは、刀を持たずに済む時代を生き抜く術も、学んで行く必要があります」
宇那手は穏やかに答えて、蓋を閉じた。振り返ると、輝利哉はもう一つ、箱を手にしていた。
「火憐様。これは、お館様の強いご意向です。貴女はこれまで、最低限の給料以外、決して受け取りませんでした。任務に必要な薬剤調達の資金まで、ご自身の給与から捻出していらっしゃったご様子。この様な形でしか、感謝を示せない事をお許しください。此方は、必ず受け取っていただきたく存じます」
「承知いたしました」
宇那手は、一生働かずに暮らして行けるほどの大金を受け取った。勿論、自分のために使うつもりは無かった。
継子達が、鬼のいない世界を生きて行ける様に、出来るだけ遺したかったのだ。
「火憐⋯⋯家に帰りなさい」
産屋敷は、弱々しく微笑んだ。
「里に残った君の継子は、無一郎が見てくれる。炭治郎が起きるまで、担当地区で任務に邁進しなさい。槇寿郎。今晩は、火憐と義勇の傍にいなさい。⋯⋯来るのだろう? 鬼が」
「はい、恐らく。そこそこの鬼を寄越すはずです」
宇那手は頭を下げてから、冨岡を振り返った。
「帰りましょう、冨岡さん。夕飯は何が良いですか?」
「お前が好きな物なら、なんでも良い。それより昼食がまだだろう? 何が良い?」
「⋯⋯久し振りに、鶏肉が食べたいです」
「食べられるのか?!」
冨岡は驚いて、目を見開いた。宇那手は、花が綻ぶ様に笑ってみせた。
「食べなければ、死んでしまいます。これまで食べた分、殺した分を無駄にしない様にします」
一つ乗り越え、強くなった宇那手を、冨岡は抱き締めたくて堪らなくなった。しかし、他の柱がいる手前、それも叶わず、手を取るに留まった。