第69章 【外伝】紅茶と手紙
「珠世様」
愈史郎は、膝を着いて、愛する人の肩に手を置いた。彼は、珠世の抱える苦しみを、到底分かち合えない事を理解していた。人を喰った鬼と、喰っていない鬼の間には、越えられない厚い壁がある。
しかし、それでも、重い荷物を共に背負いたいと思った。例え見返りが無かったとしても。⋯⋯愛が、返って来ないと分かってはいても。
「俺も地獄へ逝きます。ですが、生きている間は、祝いを、幸運を、親愛を受け入れても良いのでは無いでしょうか? 珠世様は多くの人間を救いました。そして、鬼狩りもそれを認めてくれた。⋯⋯きっと、祈ってくれるはずです。炭治郎も、火憐も。俺たちが救われる様に」
「⋯⋯いっそ人を憎めれば」
珠世は、初めて本音を口にした。
「人間が憎むべき存在であればと、考えた事があります。実際多くの鬼狩りが私の首を狙って来た。私は何も知らされず、鬼になった、哀れな生き物だと、そう思い込めれば楽になれると⋯⋯。ですが人間は⋯⋯」
──こんなにも優しい言葉を紡げる。
「取り乱して、ごめんなさいね。折角ですから、お茶を淹れましょうか。愈史郎も、香りだけでも楽しんでみては?」
珠世は、送られて来た茶葉を、丁寧に箱に戻した。
「⋯⋯あの鬼狩り⋯⋯火憐さんは、簡素な身なりをしていましたね。一緒にいた男性の方も。柱の給料は、望む分だけ支払われると聞きましたが⋯⋯あの子は自分の着物を買うより、この高価な茶葉を買う事を選んだ。⋯⋯心が綺麗な人です。叶う事ならば、私もあんな風になりたかった」
「珠世様は──」
綺麗です、と言い掛けて、愈史郎は口を噤んだ。それは本心からの言葉だったが、今の珠世は、別の言葉を必要としていると感じたのだ。
この女性に対する恋情が本物ならば、自分の気持ちよりも優先すべき事があると、考えた。
「これから、そうなりましょう! 大丈夫です! 俺たちは鬼ですから! 時間は沢山あります!!」