第68章 麗
「はい」
宇那手は、徹底的に感情を制御し、笑みを浮かべた。
──月彦さんは、鬼舞辻無惨。鬼の始祖です。
──貴女の夫を殺したのは、鬼舞辻です。
──私の両親は、鬼舞辻に殺されました。
──私は近い将来、鬼舞辻に連なる、全ての鬼を滅します。
「驚かせてすまなかった」
鬼舞辻は、優しげな声で囁き、麗に近付いた。当たり前の様に肩に手を置いた。
「今日はもう、休みなさい。私はこの人と、もう少し話がしたい。夜、眠る必要は無いからね」
「⋯⋯はい」
麗はやっとの思いで答え、席を立ち、部屋を後にした。
鬼舞辻は、柔らかな微笑みを宇那手に向けた。
「想定以上に上手く纏めたな。拠点を失わずに済んだばかりか、これからは日中も、陽光を避けて作業が出来る。⋯⋯鬼狩りに礼を言う日が来ようとは」
「麗さんが、貴方を心から愛していたから、出来た事です。そうでなければ、私はお二人を連れて逃げるつもりでした」
「怒っているのか?」
「悲しいだけです。貴方がもし、人間だったら⋯⋯。丈夫な体に産まれていれば⋯⋯こんな事にはならなかった。貴方は自らの行いを悔いた事はありますか?」
「無い。私は、ただ生きながらえる為に足掻いただけだ。多くの者が当たり前の様に天から与えられた、強靭な肉体を欲したまで」
しかし、鬼舞辻は、これまで見せた事の無い、複雑な表情を浮かべていた。宇那手は、そこに一筋の希望を見出した。生きている内には叶わないかもしれない。しかし、鬼舞辻が心から己の罪を悔い改めるなら、きっと救われる。今度こそ丈夫な体に生まれて、当たり前の幸せを享受して欲しい。
「鬼舞辻無惨。私も保証が欲しい。貴方が麗さん達を殺さないという保証が」
「⋯⋯着いて来い」
鬼舞辻は、そう言うと廊下に出て、階段を登り始めた。
「ここの書斎に人を招き入れるのは、初めてだ。麗は勿論、鬼たちも立ち入りを禁じている」
窓を塞いだ部屋に入ると、灯りを付けて、扉を閉めた。
「ありとあらゆる書物を集めた。私が直に用いている、毒の処方を書き記した物もある。お前に鍵を預けよう。今、見て回っても構わない。一定の力を付けた鬼の記録も残してある」