第68章 麗
(何で気付いたの?! 話を聞かれていた⋯⋯? この人は⋯⋯)
賢い人だと、宇那手は思った。鬼舞辻が聞き耳を立てている可能性がある。
宇那手は、はっきり頷いた。
「傷口に鬼の血を浴びる事で、人間は鬼に変貌します。その後、人を喰らう事で、より強くなる。姿形を自在に変えられる個体も存在します。人を喰った分だけ、人に近い姿を取り戻せる。弱点は、この特殊な素材で作られた刀で、首に該当する場所を斬り落とされる事。それから、日光です」
麗の瞳が大きく揺れた。鬼舞辻は、病気を理由に、昼間は一切外へ出ない。疑念が確信へと変わったのだ。
「鬼は⋯⋯人間と共存出来るのですか?」
「基本的には無理です。人を喰わない限り、鬼は弱って行く。そして、私たち鬼狩りは、鬼がいると分かれば駆け付け、首を刎ねます。人を殺す前に。⋯⋯ただ」
宇那手は、悩んだ。麗の気持ちは痛いほど分かる。鬼舞辻は、人間と何ら変わらない風貌の持ち主で、これまでずっと、彼女にとって優しい夫だったのだ。
「ただ、例外はあります。少量の血を飲むだけで、生き永らえている者もいます。医者として人間に尽くしている者も、私たちと共に人を害する鬼と戦う鬼もいます。そういった方達は、抹殺対象から外されています」
「⋯⋯この傷は⋯⋯主人が⋯⋯血を飲んだ痕ですか? 貴女が⋯⋯生かしてくださっているのですか?」
「そうです」
「話してくだされば良かったのに! そうすれば、主人を手助け出来た⋯⋯。日中の仕事は私が⋯⋯。あの人⋯⋯だから夜しか⋯⋯。辛かったでしょうに⋯⋯」
麗の言葉に、宇那手は視線を逸らした。言えなかった。全ての鬼の始祖が鬼舞辻であると。
鬼に襲われながらも、鬼に理解を示し、救おうとする、優しい人に。
「麗さん。この事は、誰にも話さないでください。月彦さんは、抹殺対象なんです。私が隠しているんです。誰にも話さないでください」
「話しません! ⋯⋯ありがとう。ありがとう!!」
麗は、処置を終えた宇那手の手を握って涙を流した。
「あの人は決して人を喰ったりはしません。とても優しい人です。鬼であったとしても⋯⋯私にとって大切な家族なんです!」