第68章 麗
「保証になりません」
宇那手は、冷静に考え、そう返した。
「貴方なら、数字の無い鬼など容易に切り捨てる。此処に集められている物が、全てとは限らない。処方を書き換える可能性もある」
「⋯⋯では、こうしよう」
鬼舞辻は、一枚の紙を差し出した。地図だ。
「無限城への入り口を、複数箇所開放しておこう。お前たち鬼狩りは、好きな時に私たちを攻撃できる。麗には、週に一度手紙を書かせる。それが途絶えたら、好きにすると良い」
「⋯⋯分かりました」
「麗を殺すつもりは無い。だが、それ以上に、お前も殺したくは無い。これまでも、美しいと言える娘には多々遭遇して来たが、皆一様に悪意を向けて来た。お前は違う。心の芯まで美しい」
その言葉を聞き、宇那手は怒りに支配されそうになった。鬼舞辻の言う心の美しさというのは、自分にとって都合が良いかどうかという問題だ。
「そういえば、童磨が守備良く鬼の子を孕ませた様だ。運が良い。その女は、少なくとも子を産むまで、生き長らえる事が出来る。だが、出来る事なら、私の血を濃く分けた個体が欲しかった」
「では、貴方自身が相手を探す事です。容易でしょう。そのお姿なら」
「人は騙せても、己は騙せない。特に身体は。より美しく、より強靭な身体を持った個体でなければ、何の感情も湧かない」
鬼舞辻が手を伸ばして頬に触れたので、宇那手は身の毛がよだつ想いで、足に力を込めた。
「私は実験動物ではありません。それに、私の身体は変化している。毒が回り、恐らく胎児にも悪影響が出る」
「子供の件は、童磨の様子を見てから判断しよう。私は、個人的に、お前が欲しいと言っている。上弦の鬼どもは、私を慕っているが、人間を喰らう理由は其々異なる。私のために戦っていたのは、堕姫だけだ。その点お前は、強く、美しく、賢く、私を見ている」
「⋯⋯」
宇那手は、返答に窮した。怒鳴り返したい感情と同時に、憐れみが強くなったのだ。
(無理だ。どうにか出来るなどと考えるのは傲慢。この化け物は、千年もの間、人を傷付け続けて来た。私の手には負えない。どれだけ悲しい生き物でも。殺すしか無い。だけど)