第68章 麗
「人間全員を鬼にしますか? 無理でしょう。貴方の呪いを外す方法も、既に解明されている。人間ならば、貴方を滅する事が困難でも、呪いを外した鬼が束になれば可能なはず。⋯⋯そもそも人間がいなくなれば、食料が不足する。貴方も長時間人の血肉を喰らわなければ、徐々に弱って行く。違いますか?」
宇那手は、弱々しく笑った。
「貴方も仰いましたが、この話はやめましょう。特に何か要求が無ければ、私は帰ります」
「では、血を分けて貰おうか。稀血を飲めば、当分人の血肉を喰らう必要は無くなる」
「此方にも利があります。まあ、私は全身毒塗れですが、それでも良ければ」
宇那手は左の袖を捲り、傷だらけの腕を差し出した。鬼舞辻はあからさまに不快な表情を浮かべた。
「醜い傷痕だな」
彼はそう言い捨て、牙を立てた。
(記憶が⋯⋯。しかし何故)
鬼舞辻の脳裏に蘇ったのは、黒死牟が人間だった頃、産屋敷家当主の首を持って来た時の事だ。その血の臭いを鮮明に思い出した。
「お前は⋯⋯!! お前も産屋敷か!!」
「千年も前に枝分かれした家系の者です。つまり、他人ですね。お館様も、私が隊士として頭角を表し、身元を詳しく調べるまでは、ご存知無かった。⋯⋯因果とは不思議な物で、私の継子である藤原は、平安時代に貴方を殺そうとして、京を追われた藤原の末裔です。歴史書に載る人物の血縁者が、貴方に喰われていたなんて、妙な感じがしますね」
宇那手は腕を引いた。相当深く噛まれたらしく、血が床に滴り落ちた。
「申し訳ございません。敷物を汚してしまい⋯⋯」
「手当をするから、そこにいろ」
鬼舞辻は命じて部屋を出た。入れ替わる様に、麗が駆け込み、宇那手の傍に膝を着いた。
「なんて酷い怪我!」
「月彦さんは?」
「娘の所へ。⋯⋯あの⋯⋯鬼について教えていただけませんか?」
麗はそう言いつつ、包帯を手に取った。その裏側に、メモが挟まっていたので、宇那手は慌てて奪い取り、懐に隠した。
──主人は鬼ですか?