第68章 麗
「以前にも同じ様な事が?!」
「はい。⋯⋯多くの人は、鬼を実際に目にするまで、その存在を信じてはくれません。山奥の農村では、まだ言い伝えが残っていますが、都会では特に。ごめんなさい」
「貴女にこんな事をお願いするなんて⋯⋯酷です。でも!!」
麗は身を乗り出して宇那手の手を掴んだ。
「主人をお願いします!! もう喪いたくありません!! お願いします!! ⋯⋯お願いします⋯⋯」
その言葉に、宇那手は言葉を失った。鬼舞辻は、抹殺しなければならない。多くの隊士が、彼に刀を向ける。死を願って。宇那手も、殺しに加担する。
「麗。あの子を寝かしつけてやりなさい。怯えているはずだ。少し宇那手と二人きりで話をしたい。君も休みなさい」
そう言った鬼舞辻の表情は、とても優しく、穏やかだった。
宇那手は、胸を締め付けられる思いで俯いた。
(こいつは完璧に演じている。麗さんにとって、この人は自分の命より大切な人なんだ⋯⋯。身を挺して鬼から守ろうとするほどに。私が殺すのは、鬼の始祖じゃない。温かな家庭に身を置く一人の男性だ。私の⋯⋯私たちの行動が、この家族に不幸をもたらす。鬼に家族を殺された私たちが、他人の家族の幸せを破壊する⋯⋯)
「童磨の記憶に、妙な気配の鬼狩りがいた」
鬼舞辻は、麗が完全に立ち去ったのを確認して口を開いた。
「いたぶられ、肺を壊死させられながらも、最期まで鬼を憐んでいた、柱だ。お前の雰囲気に良く似ている」
「胡蝶カナエ様ですね。⋯⋯そうです。私は貴方を憐んでいる。月彦さん、人間に戻りませんか? 貴方の身体は、常時見えざる斬撃に焼かれ続けていますね?」
「何故見える?!」
「理由は私が知りたい。童磨と戦った時です。本来の私の能力では、奴の術を瞬時に見破れず、冷気を吸い込んでいたはず。ですが、まるで、世界が透き通る様に見える様になったのです」
「その境地まで達したか」
鬼舞辻は、麗に向けていた、温もりのある笑みを、宇那手に向けた。
「お前からは、妙な気配がする。話していると、心地良いとさえ思える。初めてだな。殺したくないから、血を分けたい。通常、鬼狩りは鬼に変化し難い。だから私は勧誘しないのだ。しかし、お前は確実に変化に堪えられる」