第68章 麗
「⋯⋯中へ入れ。麗も不審に思うだろう」
鬼舞辻は、洋館の扉を開けた。すると、青ざめた顔で麗が立っていた。薬箱を抱えている。
「火憐さん、お怪我は?!」
「ありません。何時もの事ですので」
宇那手は穏やかに答えた。
「皆さんご無事で何よりです」
「何時もの事って⋯⋯。あの化け物は⋯⋯あ⋯⋯」
「居間に上がって貰おう。落ち着いて話がしたい」
鬼舞辻の提案に、麗は目を見開いた。主人が屋敷に人を招き入れるのは、初めての事だった。
「お茶を⋯⋯淹れて来ます!」
走り去った麗の背を見ながら、鬼舞辻は目を細めた。
「お前の振る舞い次第で、全てが決まる」
「心得ています」
「何が望みだ?」
「麗さんと娘さんの命を保証してください」
「それだけか」
鬼舞辻は、驚愕に目を見開いた。
「そんなくだらぬ事の為に、私の元へ来たのか」
「人間は愚かな生き物ですので。⋯⋯対価も用意しています。話も合わせますよ」
宇那手は、案内されるまま、応接間へ通された。ごく普通の家だ。主人が鬼である事を除けば、何処にでもある、少し裕福で、幸せな家庭だ。
「お茶を。⋯⋯お口に合うか分かりませんが」
麗は手を震わせながら紅茶を用意し、鬼舞辻のすぐ隣⋯⋯宇那手の対面に腰を下ろした。
「どういう事でしょう?! あの化け物は⋯⋯?! 貴女は⋯⋯本当は何者なんですか?! 刀なんて持って」
「私は鬼殺隊の隊士です。政府非公認の組織人で、あの化け物⋯⋯鬼を狩る仕事をしています」
宇那手は鬼舞辻の気配を注視しながら言葉を紡ぐ。
「此方の記録では、以前浅草で我々の仲間が騒ぎを起こした様ですね。刀を持った少年に遭遇しませんでしたか?」
「あの時の⋯⋯。あの子は主人を──」
「恐らく勘違いです。麗さんのご主人は鬼に似た気配を持つ、特殊な方です。それ故に、今晩の事件も起こってしまった。嘘を吐いていてごめんなさい。私は、私自身の仕事で、月彦さんと関わりがあったんです」