第67章 心のままに
「はい。無惨の傍にいた鬼の血鬼術は空間の制御⋯⋯そして、先程分かったのですが、位置探知。恐らく位置を把握された隊士は、無惨の根城に転移させられます。奴は鬼殺隊の壊滅を願っており、此方の位置を探っている。上弦が二体脱落すれば、総力戦になるはず。あの妙な城の中で、こちら側が隊士の動きを制御するのに、方位磁針が有効です。無惨とわたりあえない隊士は、餌になるより、逃した方が良い」
「可能な限り正確に伝えよう。頼むから少し落ち着け」
冨岡は水筒を手渡した。宇那手は一気に飲み、項垂れた。
「⋯⋯ごめんなさい。すごく嬉しいのに、可愛げのない反応しか出来なくて。時計も⋯⋯貴方が来てくれた事も、とても嬉しいのに。簪だって⋯⋯貴方がくださった物なら、何でも宝物です!!」
「戻ったら、何がしたい?」
冨岡は意外な問いを投げ掛けた。
「明日には戻れるだろう。明日が来たら、何がしたい?」
「貴方と過ごしたい! ただ静かに、普通の一日を過ごしたいです。一日だけで良いから⋯⋯」
切実な心からの叫びに、冨岡は淡い笑みを返した。
「当たり前の一日を過ごそう。さあ、駅に着くまで、お前の話を聞かせてくれ。欲しい物や、好きな物。俺は話すのが苦手だ。お前が喋ってくれ」
「先に貴方に謝らないと。実は昨晩無一郎君が添い寝をしてくれて──」
「ちょっと待て!!」
冨岡は早々に割り込み、宇那手に掴み掛かる勢いで話を聞き出した。
彼は徹底して表情を変えなかったが、それは感情を抑えている裏返しでもある。宇那手は、恋情も他意も無いと必死に説明したが、冨岡は「そうか」としか答えず、最後には肩を落としてしまった。
終いには、先刻の隊士と同じ様に、どんよりとした雰囲気を纏って汽車を降りて行った。
宇那手は、すっかり緊張が解れ、背もたれに寄り掛かった。
(まあ、なんとかなるでしょう。死ぬにしても、苦しむのはほんの少しの間。この三年間に比べたら短い)
彼女は呑気に溜息を溢した。きっと生きて戻った方が酷い目に遭う。時透も甘露寺も怒り心頭だろう。
(いや、あの世からも追い返されるか。私は鬼を沢山斬ってる。人間だった、哀れな鬼を。きっと誰とも同じ場所には行けない)
ぼんやりと思考を巡らせている内に、外は宵闇に包まれ、浅草に到着した。