第66章 真の鬼
「冨岡さん。逃げないでください」
胡蝶も、辛そうに畳み掛けた。
「最期まで、傍にいてあげてください。あの子の生き方を尊重して欲しい。私は確かに、戦う為に生かされている、と言いました。ですが、火憐さんがそう思っているとは、考えられない。あの子ならきっと、貴方と出会う為に、生きて来たと言うはずです」
「⋯⋯」
冨岡は、無言のまま部屋を出てしまった。
「柱にも色んなヤツがいるんだな」
愈史郎は、愛想をつかした様子で呟いた。
「鬼殺隊の最高戦力と聞いていたが、あいつはちゃんと戦えるのか?」
「柱の中でも、能力に開きがあるのは事実です。私も鬼の首を切れませんし。⋯⋯戦闘能力だけを考慮するのなら、冨岡さんは強いですよ。下弦の十二鬼月なら、技さえ使わずに斬れます。恐らく柱の中でも上位の実力者です。だから」
胡蝶は机の上に置かれた調合表を握り、丸めてごみ箱に放り投げた。
「もどかしいのです。何故あんなに打たれ弱いのか。私も⋯⋯人の事を言えた義理ではありませんが」
彼女は、奇妙な言語で綴られた手紙を愈史郎に差し出した。
「私の成果ではありません。これは、火憐さんの考えた処方です。蘭語で書かれていますが、珠世さんなら読めるでしょう。それから、鬼舞辻の居所も、彼女は正確に把握しているはず。以前子供の姿をしたヤツと接触しています。冨岡さんの意見に私も賛成ですが、もし身の振り方についてお悩みでしたら、火憐さんに訊いてみてください。私では、お力になれません。悔しいですが⋯⋯」
「いや。俺たちの事は、自分で何とかする」
愈史郎は、関係性の変化に心が追いつかなかった。目の前の毒使いは、当初鬼に対して並々ならぬ悪意を抱いていた。愈史郎も、鬼であるという理由だけで、憎悪を向けてくる女に、良い感情を抱かなかった。
しかし、苦しみの根源は同じだ。鬼舞辻無惨。悲しみや憎しみの色が違っていても、理解出来た。
「余裕があれば、助けてやる。上弦が二匹脱落すれば、無惨も焦りを見せるだろう。流石のあいつも、一匹ずつ順に送って来る様な間抜けじゃない。総力戦になる筈だ。珠世様も、産屋敷も、火憐も、そう考えている。俺も隊士に混ざって救護に当たれと命じられている」