第65章 If〜煉獄さんが夢主を継子にしていたら〜
「自分の身を守るためです。なんて言えば良いのでしょうか? 呼吸が制御出来ないのです。師範の視線が⋯⋯苦しくて⋯⋯。胸がぎゅっと縮む様な、変な感じがします。病気⋯⋯でしょうか?」
「確かに病気だな。君がその病に罹ってくれて、嬉しい!」
煉獄は火憐を抱き締め、唇を重ねた。片手で易々と彼女を支え、空いている左手を、彼女の腹部に置いた。
「ん⋯⋯」
火憐は目を閉じて、困った様に声を漏らした。槇寿郎にされた時と違い、鼓動が早まるのを感じたのだ。
(嫌⋯⋯何これ⋯⋯。力が⋯⋯)
「っ⋯⋯」
彼女は堪らず煉獄の首に腕を回して抱き付いていた。子供の様な所作に、煉獄は理性を取り戻した。
「宇那手、君は幾つになった?」
「⋯⋯来月、十七になります」
「では、もう子供では無いな。しかし、大人でも無い」
煉獄はしぶしぶ、彼女を布団に横たえた。
「着替えを持って来てやるから、休みなさい」
「師範。先に、槇寿郎様の手当を!」
「君はまだそんなことを──」
「肋を三本折りました!! 肺に刺されば重傷です!!」
「兄上ー!!」
千寿郎が、襖を思い切り開けた。事故とはいえ、彼は火憐の裸体を目にしてしまったが、それでも立ち去らず、視線を逸らして言葉を続ける。
「父上が医者を呼べと申しております! 血を吐きました!!」
「宇那手⋯⋯」
煉獄は、驚いて火憐を見詰めた。彼女はこれまで、何があっても人間を傷付ける様な真似をしなかった。
火憐は、涙を溢した。
「⋯⋯嫌だったんです!! どうしても、嫌だったんです!! 申し訳御座いません!! 傷付けたくなかった⋯⋯。でも⋯⋯許せなかったんです!!」
「君が、俺の肋骨を折らずにいてくれたことに感謝する!」
煉獄はそう答えると、部屋を出てしまった。
「あ⋯⋯兄上。私が医者を呼びに行きましょうか?」
千寿郎の申し出に、煉獄は嫌な笑みを浮かべた。
「鬼狩りが、夜に不急の用で外出するなど、正気の沙汰では無い!」
「ええ?! ですが父上は血を──」
「歩いて医者に行って貰おう! 元柱だ。問題ない!」
その言葉を聞き、千寿郎は、兄が激しい怒りを抱いている事に、初めて気が付いた。