第65章 If〜煉獄さんが夢主を継子にしていたら〜
槇寿郎は無性に腹立たしくなり、火憐の髪を鷲掴みにした。
「きゃっ!!」
女らしい悲鳴を上げた彼女に、槇寿郎は心無い言葉をぶつける。
「何故お前が任務に行かない?! 能力のある人間が柱にならず、のうのうと暮らしている?! 死ね!! 戦って死んでしまえ!! 杏寿郎の盾になれ!!」
自分の事を棚に上げた発言に、火憐は怒りの表情を浮かべたが、槇寿郎の腕を掴むにとどめた。
「師範の命令は、自分の任務をこなして、貴方と共に帰りを待つ事。十二鬼月を葬った師範が、異能の鬼程度にやられるはずがありません」
「言い訳をするな!! 人間の腕さえ振り払えない女が!! 戦うのが怖いのだろう?!」
支離滅裂な言い分に、火憐は顔を歪めた。彼女は首を掴まれ、押し倒され、背中を強打した。
「離して⋯⋯ください!」
「弱い!! こんな奴が隊士だと?!」
「私は⋯⋯首の斬り方しか⋯⋯分かりません⋯⋯。元柱の貴方を、無傷のまま取り抑えられない!! 離して!!」
火憐は手に力を入れた。首を絞められ、使える空気の量が限られているだろうに、槇寿郎の腕は軋んだ。
「離して⋯⋯ください⋯⋯。貴方の腕を折ってしまう!! 傷付けてしまう⋯⋯。師範の⋯⋯家族を──」
「父上! 何をなさっているのですか!」
任務から戻った煉獄が、槇寿郎の腕を掴んだ。解放された火憐は、首を押さえて咳き込んだ。
煉獄は、初めて血の繋がった家族よりも、火憐を優先した。
「宇那手、怪我は無いか?!」
「あ⋯⋯ありません。申し訳ございません。師範のお父上の腕を負傷させてしまいました」
火憐は身体を起こすと、性懲りも無く槇寿郎に手を伸ばした。
「ひびが入りましたよね? 手当てを──」
近付いた火憐を、槇寿郎は思い切り殴った。彼女は倒れ込み、涙目になった。
「私が⋯⋯私が何をしたと言うのですか⋯⋯。ただ、貴方に寄り添いたかった!」
「宇那手、部屋に戻るぞ!」
煉獄は火憐を引っ張って立たせると、父親に背を向けた。
暗い部屋に入ると、千寿郎が恐る恐る顔を出した。
「申し訳ございません、兄上! 止めもせずに⋯⋯ただ見ているだけで⋯⋯」