第10章 不死川実弥
今更どうすることも出来ないと分かっていても、その幻想を心の隅から追い出すことは不可能だった。諦めていた。
しかし、宇那手は、傷の手当てをし、身を案じてくれた。師範の考えに忠実であるならば、悪意を抱いて当然の相手に、慈悲を示した。
その行動を受け入れる事は、諦めよりも心が痛み、叫び出したくなる様な、強い悲しみが湧き上がって来た。
不死川は常日頃からの習性で、その感情を怒りに変換した。
屋敷の入り口に、腕組みをし、不遜な態度で立っている冨岡に掴みかかっていた。
普段の彼なら、無視して通り過ぎただろう。
「おい、冨岡!!」
返事もしない男に、不死川は頭突きをした。
「テメェの継子だかなんだか知らんが、つまらねェ死に方をさせるなよ!! あの傑物は、テメェなんかよりも、遥かに使い道がある!!」
冨岡は、ようやく動き、不死川の腕を振り払った。
「火憐に近付くな」
やっと口を開いたかと思えば、そんな事を言った。不死川は、驚き、呆然と立ち尽くした。朴訥な冨岡が、こんな些細な事に怒りを示している。
不死川は笑い出しそうになった。意思疎通が図れない無感情な人間と評価していたが、冨岡は感情が希薄なだけで、確かに人間らしい感性を持っているのだ。そして、それを引っ張り出したのは、彼よりも三つ歳下の女だ。
「アイツが何処かで死に掛けてたら、助けてやる。勿論テメェは見捨てるが」
「では、頼む」
冨岡は、短く答え、痙攣かと思うほど微かに頭を下げた。
不死川は、すっかり毒気を抜かれてしまい、その場を走り去ることしか出来なかった。しかし、この愉快な会話について、誰かと共有したかった。