第64章 赤と青
「私の心が弱いからです。私は猟師だったから、誰よりも理解しているつもりなのに」
彼女は全員から目を逸らした。
「私は、鬼が殊更悪だとは考えていません。人も、獣を狩って喰います。小鹿の目の前で、親鹿を殺し、捌いて食べます。生きる為に。鬼と人間の、せめても違いは、他の動物を喰うことで生かされている、感謝を忘れないこと。この命は、沢山の生き物に生かされている。軽々に投げ打ってはいけない。そう理解しているのに、どうして⋯⋯どうして私の身体は、意に反する動きをするのでしょうか? 私は生きたいです。死にたくありません」
「うん、そうだね」
時透は、火憐に近付き、彼女を無理矢理布団へ押し倒した。
「無意識に赤い簪を使ったのは、生きたいからだよね? 青い簪には、毒が仕込んであるんでしょう? 貴女は多分、夢の中でも鬼に襲われていたんじゃない? ごめんね、気付けなくて。今度は傍を離れないから」
彼は、自身の記憶が中々戻らないのと同じ様に、火憐の心がすぐに回復するとは思えなかった。
「僕を信頼するのも怖かったでしょう? でも、僕は姉さんの為に、証明してみせる。僕は男で、貴女の事を気に入っているけれど、絶対何もしない。傷付けない。乱暴はしない。だから、僕を信じて、救われて」
「⋯⋯うん」
火憐は深呼吸して、布団を持ち上げた。時透は小動物の様に潜り込むと、彼女の手を握った。
「何もしない。決して理不尽に傷付けない。奪わない。貴女が弱くても、力で捩じ伏せたりしない。僕は優しいんでしょう? 信じて」
「⋯⋯うん」
火憐は、重い瞼を閉じた。時透は、甘露寺と桜里に目を向けた。
「冨岡さんがいない間、僕が傍にいる。君たち⋯⋯特に継子の君は寝て。起きている間まで、僕の姉さんに心配を掛けないでよ」
「申し訳ございません」
桜里は、深く頭を下げてすぐに立ち去った。甘露寺は、逆に時透に歩み寄った。
「私、明日の夜には、また担当地区に戻らないといけないの。冨岡さんが次に何時来られるかも分からないし⋯⋯。何か出来ること、無いかな?」