第64章 赤と青
「師範は眠りましたか?」
「眠ったよ」
時透が答えると、桜里は青ざめた。
「目を離さないでください!! 何してるんですか!!」
彼女が勢い良く襖を開けると、火憐が簪を手に、振りかぶっていた。
「火憐さん!!」
時透は彼女に飛び付いて抑え込んだ。彼が男で、柱だったから容易に出来たが、女や並の隊士なら苦戦しただろう。
「火憐さん!! 何してるの?!」
「もうやめて!! 楽にさせて!! こんな夢見たくない!! 必死に闘うから!! 鬼を殺すから!! だから神様⋯⋯こんな夢を見せないで!!」
「火憐さん!!」
時透は思い切り火憐の頬を叩いた。
「夢じゃない!! 貴女は起きている!! 何をしようとしていたの?!」
「⋯⋯あ」
火憐は簪を取り落とした。
「夢じゃ⋯⋯ない? 私⋯⋯何をしようと⋯⋯?」
「師範は毎晩、簪で自分を刺そうとしていました」
桜里は慌てて駆け寄り、簪を奪い取った。
「私は、完全に止める事が出来ませんでした。だから、貴女はあちこち傷を負ってしまって⋯⋯。申し訳ございません!」
「⋯⋯そう⋯⋯だったの」
火憐は、ようやく得心が行った。未知の薬を服用する時には、量に最大限の注意を払っている。それでも副作用が出たのは⋯⋯
「その簪を返してください。元炎柱の煉獄様の奥様の形見です」
桜里は、火憐が正気を取り戻していると確信して、簪を手渡した。
「此方の簪は、師範から貰った物と違って、鬼との戦いで武器として扱うわけには行きません。代わりに、実戦で、あらゆる毒を無害化出来るよう、薬を染み込ませています。即効性を重視して調合したため、副作用については考慮していませんでした。私は、毎晩これを自分に突き刺していたのですね」
「ごめん、火憐さん。僕が目を離したから⋯⋯」
「貴方のせいじゃありません」
火憐は、時透に向けて弱々しく笑った。