第64章 赤と青
「家族に協力するのは当たり前。お休み、姉さん」
時透も目を閉じた。しかし、彼は眠らなかった。何分も。
三十分後、ようやく彼は静かに身体を起こした。
(寝付けないんだ、宇那手さん。三十分間も何かに怯えていた。何をしたの? 鬼はこの人に何をしたの? 報告された事よりも、もっと酷い事? 家族は⋯⋯守らなきゃ)
親のいない人間など存在しない。時透に家族がいないということは、何か異常な事が起きたからだと、想像出来た。それはきっと鬼絡みの出来事なのだろう。だから、激しい怒りに駆られるのだ。
「宇那手ちゃ──」
襖を開けて、口を開いた甘露寺に、時透は指を立てて沈黙を促した。火憐を起こさない様に、静かに部屋の外へ出ると、襖をきっちり閉めてから甘露寺に向き直った。
「怯えていた。僕には分からないけれど、無理矢理抱かれるのって、そんなに記憶に残るものなの? 柱が骨の二、三本折られたくらいじゃ、あんなに震えないよね」
「え⋯⋯ええっとね⋯⋯あの⋯⋯」
甘露寺は、戸惑いながらも、必死に言葉を探した。
「あのね⋯⋯うーん⋯⋯無一郎君になんて説明したら良いんだろう? えーっとね──」
「僕を子供だと思わないで話して。知りたい。同じ柱なのに、多分僕だけ知らされていない。何があったの?」
「⋯⋯宇那手ちゃんね」
甘露寺はその場に座り、一切を語った。火憐が泣き叫びながら打ち明けてくれた、真実を。
時透は、衝撃のあまり言葉が出なかった。
(なんて言えば良いの⋯⋯? これは⋯⋯怒り? こんな激しい怒りが存在するなんて⋯⋯いや⋯⋯前にも⋯⋯)
「⋯⋯宇那手ちゃん、辛かったでしょうね。隊士の殆どは、家族を失った子達で⋯⋯だけど、自分は運良く生き延びた人ばかり。でも、宇那手ちゃんは、死んでもおかしくないほど痛め付けられて、死んだ方がマシなくらい心をズタズタにされてしまった。誰もその事に気付けなくて、分かった時には⋯⋯」
甘露寺は顔を両手で覆った。その時だ。階段から桜里が姿を表した。