第63章 冷たい愛
「火憐さん?」
玄弥は、心配そうに呼び掛けた。火憐は髪を掻きむしり、その場に膝を着いていた。表情こそ変えていないが、尋常ならざる重圧に、堪えきれなくなったのだ。
──宇那手。
幻聴かと思った。火憐が顔を上げると、母が立っていた。
(お母さん⋯⋯)
──貴女は充分良くやったわ。もう戦わなくて良い。此方へ来なさい。
(何故そんな酷い事を!!)
──産屋敷の駒になり、苦しんで死にたいのですか? もう、命にしがみつくのはやめなさい。此方へ来て、楽になりなさい。
(嫌だ!! 嫌だ!! 死んでしまったら、もうあの人に会えない!! どうして、生きていて良かったと言ってくれないの?!)
──今の貴女が幸せに見えないからよ。諦めて、楽になりましょう? 私たちと一緒に──
「絶対に嫌だ!!」
火憐は、悲しげな母親の姿を手で振り払った。
「此処で終わりにしてしまったら、何のために苦しんで来たのか分からない!! 私は絶対に幸せになる!! 限られた命でも、あの人の傍で幸せに逝きたい!!」
──それなら、立ちなさい。最後まで足掻きなさい。誰も信用出来ないのなら、貴女が強くなりなさい。
母は最後まで冷たい表情のまま、姿を消してしまった。
「火憐さん! 大丈夫ですか?! 人を呼びましょうか?!」
「問題ありません」
火憐は玄弥の肩を借りて立ち上がった。母の姿が、願望の具現化した物かは、分からなかった。しかし、言葉の裏にある思いを汲み取るのなら、苦しんで生きる事を望まれていないのだ。ただ、それだけだ。本気で死を望まれているわけでは無い。
「実弥さんからのお手紙には、なんと書かれていましたか?」
「柱の命令には絶対従え、と。足を引っ張るくらいなら、戦線離脱しろ、と」
「優しい人ですね。貴方もきっと、同じ⋯⋯。⋯⋯少し、私の話を聞いていただけますか?」
火憐は隊服が汚れるのも気に留めず、その場に腰を下ろした。
「私は天性の才があり、隊士としての失敗経験がありません。大怪我を負った事も、無駄に死人を出した事もありません。だから、失敗が怖い⋯⋯。立ち直れる自信が無い。柱も、継子も、君も、誰一人失いたくない。目の前で死なせたくない。でも今回は⋯⋯」