第63章 冷たい愛
「遅い!」
「はい!」
桜里は、全身に汗を掻きながら、火憐の木刀を受け止めた。一撃一撃が途轍も無く重たい。何の呼吸も使用していないのに、火憐は凄い力で打ち込みを続けた。
「貴女は目が良い。音よりも光の方が早く届きます。花火が良い例です。光は百万倍の速さがある!! 目で動きを追いなさい!!」
「はい!」
(私は駄目なんだ)
桜里は、もう十分理解していた。火憐と自分では、住む世界が違う。音、光、全ての認識速度が追い付かない。努力でどうにか出来る範囲を超越していた。
「休憩」
火憐の合図で、両者は距離を置いた。
「腕は大丈夫? さっき、鳩尾を掠らなかった?」
鍛錬が終わると、火憐はすぐに医者の顔付きになる。
「打撲です」
桜里は素直に答えた。隠したところで、どうせバレる。
「呼吸で内出血を止めたら、お昼まではお休みです。昼食を摂ったら、一緒に腕力を鍛えましょう。私は玄弥君の様子を見て来ます。必ず、休憩を取るように」
火憐は、指示を出すと、すぐに立ち去ってしまった。
桜里は俯いた。
(私⋯⋯今度は最後まで戦えるでしょうか? ⋯⋯例え生き残れなくても、姉さんの様に⋯⋯)
彼女は、自分を鬼から庇って死んだ姉を思った。
火憐は森に入り、玄弥の気配を辿った。彼は身長より大きな岩を動かす鍛錬をしていた。
「こんにちは、玄弥君」
火憐の声を聞き、玄弥はすぐに頭を下げたが、何故か赤面していた。
「火憐さん⋯⋯」
「寝不足ですか? 心なしか疲れている様に見えるのですが」
「⋯⋯すみません。俺の部屋が⋯⋯貴女の部屋の真下で」
「失礼しました。今から休息を取られては? そもそも、今日は休む様に言ってあったはずです」
「でも、もう怪我は治りましたし⋯⋯」
項垂れた玄弥を目に、火憐は嘆息した。
「まあ、私に、無茶や無謀を止める権利は、ありませんね。悲鳴嶼さんと、実弥さんに許可をいただけましたので、貴方を当分預かります。しかし、これだけの大岩を動かせるのは素晴らしい」