第61章 立場※
「宇那手。お前はぞっとするほど美しい」
冨岡は火憐の唇を塞いだ。
瞬間、不躾にも襖が開いた。開けた張本人は耳まで真っ赤に染めて、立ち尽くしていた。
「ん!」
火憐は、冨岡の胸を押し返し、絡れた髪を手櫛で整えた。
「ごめんね、玄弥君! 其処に座って!」
「あ⋯⋯いや⋯⋯後で」
「駄目」
火憐は立ち上がると、急いで自分の荷物を漁った。そして、冨岡を睨んだ。
「刀を抜いたら殺しますから、じっとしていてください」
「分かった」
冨岡は短く答えて座り直した。
火憐は玄弥の元へ行くと、改めて身体を観察した。
「貴方毒も回ってるじゃない!! 温泉は駄目だと言われなかった?!」
「いや⋯⋯汗で排出されるからって⋯⋯」
「水を飲んだ場合よ!! 水を飲む様に言われなかった?! 死んじゃうわよ!!」
火憐は木箱から少量の血液が入った瓶を取り出した。
「飲んでも身体を壊さない? 胡蝶さんからの話だと、鬼の身体の一部を喰っても支障ない様だけれど」
「大丈夫です」
「そう。言っておくけれど、万が一暴れたりしたら、すぐに首を刎ねるからね」
火憐はそう言って血液を渡し、日輪刀と薬を用意した。
玄弥は躊躇なく血を飲み干した。彼にとっては日常的な行動だったため、躊躇いが無かった。
鬼化は緩やかに進んだ。珠世から作られた鬼、愈史郎の血液を使用したからだ。その分回復力も落ちていた。
「玄弥君、言葉は聞こえていますか?」
「はい」
「これから、鬼用の治療薬を打ちます。それで回復が早くなるはず」
火憐は、珠世から渡された物を、少し改良した薬を玄弥に打った。効果はすぐに現れた。
玄弥はしばらく苦悶の表情を浮かべていたが、やがて落ち着いた。
「治った⋯⋯。治しました」