第60章 職人と剣士
「ごめんなさい。私たち剣士は、常に命の危険に晒されており、心に余裕がありません。鍛治職人を敬い、気遣う余裕が無いのです。でも、竈門君はきっと違う。あの子は心の優しい子ですから」
火憐は空になった盆を手に立ち上がった。此処から先は、炭治郎自身が話を付けるべきだ。
「また、様子を窺いに来ます。無理をなさらないでくださいね」
彼女が小屋を去ろうとした時だ。鋼鐵塚は立ち上がった。
「お前が初めてだった」
「え?」
「労いの言葉を掛けてくれた剣士は、お前ただ一人だ。折れる様な刀を渡すまで、一度も刃を駄目にはしなかった。不可能だと分かっても俺に依頼をする。だがな⋯⋯刀を使う人間を見れば見るほど、職人は辛くなる。お前もその内死ぬだろう。そして、俺はまた、年端も行かぬガキの刀を打つ事になる。これまでなら、死んだ剣士の事など忘れて刀を打てた。だが⋯⋯お前は使い捨ての剣士ではない」
「⋯⋯お話しておきますが、私は身体能力を鍛え上げた代償として、二十五までに死ぬと言われています。鬼舞辻を倒せたとしても。私が死んでも、気に病まないでくださいね。刀のせいではありません。寿命です」
「理不尽だなあ、ちくしょう! ⋯⋯何で、女が刀を振り回す様な世の中なんだ!!」
「それを、終わりにする為に、戦っていますので」
火憐は一礼して立ち去った。
鋼鐵塚は会話を振り返り、肩を落とした。火憐の言い分は、頭で理解している。しかし、職人として、心が納得していないのだ。
丹精込めて作った刀を折られれば、反射的に癇癪を起こしてしまう。どうしようも無い理由があると、分かっていても。
(あの小僧⋯⋯何度死に掛けた? まだ子供だぞ。あの娘だって、十八だ)
鋼鐵塚は数秒の後、息を吸って、どかりと腰を下ろした。
(三十グラムか。そもそもあの娘はどう計算した? まさか刀鍛冶についても勉強をしたのか?!)
それから数週間、彼は小屋からも忽然と姿を消した。修行を始めたのだ。