第60章 職人と剣士
刀鍛冶の里でも、火憐は好意的に受け入れられた。彼女が全ての職人に対し、礼節を尽くしたからだ。
火憐は、最初に鉄地河原鉄珍と話をし、柱の刀と、見習い職人の一部を、空里へ移させた。
一日目は湯浴み程度で済ませ、素振りや柔軟をして、豪華な食事を摂り、桜里と同じ部屋で眠った。特に夢を見たり、暴れたりはしなかったが、夜間に何度も目を覚まし、唐突に不安に駆られた。
二日目の昼間、桜里の稽古を付けてから、火憐はみたらし団子を手に、鋼鐵塚が引きこもっているという小屋へ向かった。
「鋼鐵塚さん。火憐です」
一応戸を叩いて声を掛けたが返事が無かった。他の刀鍛冶職人曰く、ここ数日の鋼鐵塚は、輪を掛けておかしいらしい。
突然大声で怒鳴りまくったと思ったら、頭を抱えて泣き叫びだしたりと、里長も手をつけられない状態らしい。火憐はなんとなく事情を察して、小屋に入った。
「鋼鐵塚さん?」
彼女は、ひょっとこの面を外して、壁に向かってブツブツ呟いている男に歩み寄った。
「鋼鐵塚さん! 柱の火憐です!! 聞こえていますか!!」
すると、ようやく鋼鐵塚は顔を火憐に向けた。彼女は思わず絶句した。
(嘘?! 鋼鐵塚さん?! 顔⋯⋯え?!)
鋼鐵塚は、これまで火憐が目にして来た、どの顔よりも美しい造形をしていた。正に刀の様な鋭さと、艶を兼ね添えている。単純に、顔だけで伴侶を選ぶのなら、火憐も彼にときめいていたかもしれない。
「俺にはどうしても出来ない!!」
鋼鐵塚は、壁に額を打ち付けた。
「刀も⋯⋯ましてや銃も。柱が俺を指名したのに、何一つ完璧に出来ない!! ちくしょうが!!」