第58章 繋ぐ者
「あ⋯⋯」
槇寿郎は、尚も引き留め様として、言葉に詰まった。表情にも、声色にも、行動にも表していないが、火憐からは、強い孤独と寂しさの気配がした。あまりにも大き過ぎて、触れてしまえば呑み込まれそうな程の。
「あの」
突然、火憐の方が振り返った。
「机を貸していただけませんか? お館様に手紙を出したいので。少し、気付いた事が⋯⋯」
「勿論です。どうぞ」
槇寿郎は、内心胸を撫で下ろし、彼女を客間に案内した。
文机に向かって、万年筆で眉間を突いた火憐に、槇寿郎は問い掛けた。
「一体何を⋯⋯?」
「さっきの型の披露で思い付いたのですが、鬼舞辻の様に、首が急所では無い鬼を倒す時、一撃で相手に深傷を負わせるには、どうしたら良いと思いますか?」
「肺の強化でしょうか? 技の威力を上げる?」
「限界です。人の身体に収まる肺の大きさは、決められています。どれほど体躯に恵まれている者でも、生まれ持った臓器の面積によって、一度に使用できる酸素には限界があります。呼吸を使う剣士なら、誰しも技の威力を上げようと努力をするでしょうが、私は速度も重要だと考えました。何故、始まりの呼吸の剣士に敵う者が、未だに現れないのか。私たちは、呼吸に気を取られ過ぎています。速度です。全ての技を同時に使う。再生の時間を与えない。⋯⋯それから」
(藤の毒は解析されている。どれだけ調合を変えても、藤が核として使われている限り、分解される可能性が高い)
黙々と筆を進める背を見て、槇寿郎は、軽々に彼女を養子にすると言ったことを悔い改めた。引退した柱では、隣に立ち、支える事は出来ない。火憐は⋯⋯先の世代は、不可能とも感じられる事を実現しようとしている。
「やはり、日の呼吸の威力が高い理由はそこですね。全ての呼吸の特徴を一個の技に幾つも内包している。雷の呼吸の瞬発力、水の呼吸のしなやかさ、炎の呼吸の威力、岩の呼吸の筋力による防御力、風の呼吸の激しい動作。どれ一つ欠けても、日の呼吸の威力を最大限に引き出せません。鍛錬の方法も変える必要があります」
「しかし、そんな事をしては身体が──」