第58章 繋ぐ者
元柱の槇寿郎には、気配で分かった。火憐が何かに酷く打ちのめされている事が。細い糸に縋る様にして、命を繋いでいる事が。
「貴女がいなければ、鬼殺隊に勝利はあり得ない」
槇寿郎は、火憐に駆け寄って、細い身体を支えた。千寿郎は手拭いで、彼女の血を拭き取った。
「宇那手さん。貴女は私が思っていたより、ずっと強くて⋯⋯優しくて⋯⋯」
「何故お館様が、動かれたのか、理解出来た」
槇寿郎は、必死に言葉を探した。型の修正など必要ない。自分とは違う次元にいる、当代柱に、技術に関して口出しなど出来なかった。
「貴女には不思議な力がある。実力だけではなく、立ち振る舞いも含めて。貴女なら、不可能だと思える事も、実現出来ると、周りに信じ込ませる事が出来る。貴女の背を見た者は、誰であれ、貴女の為に死力を尽くしたいと思うだろう。貴女は俺たちを超えた。煉獄の姓を名乗っても構わない」
「ありがとうございます」
火憐は、深々と頭を下げた。槇寿郎は、初めて、形見の簪に気が付いた。
千寿郎は、考えてしまった。もし、自分に姉がいたとすれば、火憐の様な人だったろう、と。唐突に寂しさが込み上げて来て、彼は火憐にしがみついていた。
「貴女は全て背負ってくださった! 兄上の事も、母上の思いも!! 貴女を見ていると、無性に懐かしくなります⋯⋯。涙が出てしまいそうで⋯⋯」
「泣いても良いんですよ。辛い時に涙が出ないと、心が壊れてしまいます」
火憐は優しく笑って、姉の様に千寿郎の頭を撫でた。
「沢山泣いて、また歩き出せば良いんです。涙は、心が壊れない様に溢れる物ですから。けれど、どんなに泣いても、歩みを止めてはいけません」
彼女は槇寿郎に目を向けた。
「貴方はまだ、戦えます。お館様に、何か協力を求められた時には、是非力になって差し上げてください」
「俺は──」
「貴方は一度転んだだけです。それを笑う権利なんて、誰にもありません。鬼殺隊士は、皆人の心の痛みが分かる、優しい方ばかりです。また、胸を張って戦ってください。⋯⋯柱として、貴方に命じます。戦いなさい。強く生まれた者として」
火憐の燃える様な瞳に、槇寿郎は、亡き妻の姿を見た。