第58章 繋ぐ者
「私には⋯⋯鬼殺隊士には、越えられない壁があります」
火憐は、胸に手を当てて、静かに語った。滲み入るような、優しい声色で。
「誰も、日の呼吸の使い手、継国縁壱には敵わない。炭治郎も、呼吸の適性が合わず、日の呼吸の威力は完全に引き出せていません。でも、敵わないからといって、戦う事を辞めたりはしません。一人が駄目なら二人で。二人が駄目なら三人、十人。戦う事を諦めた時、私たちは鬼に負けた事になる。無駄な事なんて、何一つとしてありませんよ。私は、鬼舞辻に一太刀でも浴びせられれば、それで良い。百人いれば、きっと誰かが止めを刺してくれます」
「俺も、貴女の様に考えるべきだった。俺がまだ柱をやっていれば⋯⋯」
槇寿郎からは、強い後悔を感じられた。火憐は、貰った情報から、問いを導き出した。
「槇寿郎様の願いはなんですか? 心の底にある願いです」
「誰よりも強い剣士に⋯⋯いや、妻や⋯⋯家族全員で、何時迄も当たり前の生活を送る事だった」
「それでは、下弦の壱の血鬼術を解けなかったかもしれませんね。我妻君に聞いたのですが、鬼は人間を眠らせ、夢を見せていたそうです。その人が一番望む夢を。抜け出す方法は一つだけ。竈門君が目覚めてから、もう少し詳しい話を聞く予定ですが、おそらく覚醒の条件は、自分に最大の衝撃を与えること。⋯⋯夢の中で死ぬことじゃないかと。多くの人にとって、とても難しい条件です」
火憐は手元を見た。
「煉獄さんの望みは、人のために戦って死ぬこと。だから、夢の中でも死を選べた」
そして、今の火憐なら、別の意味で夢から抜け出せると確信があった。どんなに温かな家族の夢を見せられても、それが偽りであると見抜けるだろう。
「酷い術です。優しい人ほど⋯⋯他人から多くを与えられた人ほど、抜け出すことが辛くなる。煉獄さんにしか、出来ない仕事でした」
「だとしたら、尚更救われない。あいつが夢から抜け出せたのは、俺が与えて来なかったからだ」