第9章 「愛している」
「⋯⋯本当に、馬鹿ですね」
宇那手は、泣きながら肩を揺らして笑った。
「もし煉獄様が、私に抱き付いて来たら、骨の二、三本は折ります。それ以前に、私は隊士になってから二年間、ひたすら貴方を探し続けていました。あの血の臭いが漂う夜に、私は、深い海の色をした日輪刀と、その刃と同じくらい鋭い気配を纏った貴方を、美しいと思ったんです。きっと、最初から貴方が好きだった。あの最悪な夜に、貴方だけが救いだった」
「許してくれ」
冨岡は、罪の意識に耐えきれず、宇那手を抱きしめた。
「あの時、藤の紋の家系の血を引く者が、次々と惨殺されていた。隊士の拠点を失う事は、大きな損失だった。お前の母の事は承知していたが、分家であり、優先順位が低かった。俺があと数時間早く着いていれば──」
「鬼舞辻と鉢合わせしていました。貴方は悪くありません。その判断は正しかった。貴方は本家を守れ、鬼殺隊は柱を失わずに済み、鬼舞辻は、私の家族の中で、最も危険視すべき、私を見逃してしまった。何れ、ツケを払う事になるでしょう。⋯⋯仕方が無かった。弱者には、なんの権利も選択肢も無いのですから」
「っ!」
冨岡は、自分より年下の継子の肩に顔を埋め、唇を噛んだ。たった二年前、自身が炭次郎に放った言葉が、跳ね返って来たのだ。遥かに重みを増して。
「私が、藤の紋の家系の話を知った時点で、鬼殺隊に入っていれば、両親は守れたかも知れません。鬼の存在を知りながら、私がぬくぬくと両親の元で暮らす道を選んだ結果です。⋯⋯でも、時間は巻き戻せません。後悔しても、立ち止まっても、何も変える事は出来ない。だから──」
「よせ」
冨岡は、宇那手の言葉を遮った。
あの雪の日、彼は、惨めに蹲るばかりの炭次郎を奮い立たせる為に、敢えて厳しい言葉を掛けた。
しかし、宇那手は、物の考え方が違う。判断を人に委ねない。迷っても行動には出さない。何もかもを、自分のせいだと受け止めて、血を吐く思いで前へ進み続けている。