第9章 「愛している」
冨岡は、自分の手を見つめた。山ほど鬼を殺した手だ。
「⋯⋯やはり俺を怖いと思うか? お前の親を殺した俺を、憎いと思っているのか?」
「憎いと思っていたのなら、とっくに殺しています!! 私がそういう人間だと、貴方は理解しているはずです!! そして貴方も⋯⋯私になら、殺されていたでしょう。力量の問題では無く、殺されても仕方が無いと、受け入れてしまったはずです」
宇那手は、冨岡の手を両手で包んだ。
「そういう問題では無く、恥ずかしいのです。特にこんな昼間に⋯⋯誰かに見られたら⋯⋯。それに、貴方は思いを言葉にしてはくださらなかった。その言葉が、貴方の中に無いのかもしれませんが⋯⋯私が女だから距離を縮めたのなら、受け入れられません」
「愛している、と言えば良かったのか?」
「その言葉には、色んな意味があります。私の望む意味なのか⋯⋯貴方が嘘を吐いていないのか、判断しかねます」
「俺も理解不能だ。だが」
冨岡は宇那手の手を引っ張り、自分の心臓に押し当てた。
「どうやっても、呼吸の制御が出来ない。心拍数を抑えられない。お前に嘘を吐ける状態ではない」
「⋯⋯っ」
宇那手は、自分から振り払って置いて、今度は冨岡の胸に抱き付いた。
「冨岡さん。⋯⋯義勇さん」
彼女は、初めて師範の名前を呼んだ。
「貴方の気持ちは嬉しいです。とても。⋯⋯だけど、いきなり喰われるのは、怖いです。私は鬼を殺す術を持っていますが、大人の人間の男性を無傷で取り押さえる術を知りません。大切な貴方の行動には、絶対に逆らえない。だから、貴方が衝動を抑えてください。私が慣れるまで、待ってください。今は、これが限界です」
宇那手は膝を着き、冨岡の手の甲に唇を落とした。
「ごめんなさい。未熟な私を許してください。私を救ってくれたこの手を、心から愛しています」
「⋯⋯すまなかった」
冨岡は自身もしゃがみ、宇那手の肩を抱き寄せた。
「白状する。近々、煉獄にお前の稽古を頼む予定だった。お前の存在は、俺にも分かるほど、好意的に受け入れられている。家族を取られたく無かった」